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【五章】放課後、野球部にて ―コピー側―
リストの一番始めに乗っていた名前は、自分のクラスの濱名零斗という男子だった。まさかの写真付きで、名前の横に野球部という備考まで書いてくれていた。実羅の中で少しだけ瀬戸秤の好感度が上がった。
実羅は、授業が終わった後に標的の席に近づいて行った。
零斗は机の中から宿題だけを取りだし、後は机に突っ込みスポーツバックを肩にかけた。長身でありながらしっかりと筋肉があり、なるほどスポーツマンという体をしている。顔がなまじ整っているからか、眉間のしわがより一層恐ろしさを醸し出している。端からみたらすごく機嫌が悪く、普通なら誰も近づかないのだが、あまり頓着ない実羅は話しかけた。その瞬間、残っていたクラスメイトの人たちは、彼を勇者だと心の中で拍手喝采した。
『ええと。君、確か野球部だよな? 俺も野球に興味があるんだけど、案内してくれない?』
声をかけただけだが、零斗は自身の机をガンと蹴飛ばした後、一層眉間にしわを叩き込んで実羅を睨んだ。実羅は、喧嘩を売られたと思って瞬時ににらみ返してしまったが、すぐに作り物の笑顔に戻し、零斗の返答を待つ。
「……俺はもう野球を辞めるんだ。別を当たってくれ」
『え』
あっさり零斗に断られ教室を出て行かれてしまった。実羅は一瞬呆けていたが、すぐに怒りの炎を燃やした。
(あんなにくそ丁寧に聞いたのに! 何だよアイツの態度!)
怒りにまかせて追いかけようとしたときに肩を叩かれた。振り返ると責任感の強そうな顔のくせ毛の少年が眉毛をへの字にしていた。
「転校生! すまん! アイツ、ここ最近ちょっとイライラしているんだ。代わりに俺が転校生を連れて行ってあげるよ」
『は? えっと……』
「俺は零の幼馴染みの真乃彰。俺も野球部だから連れて行くよ」
実羅は一瞬何のことかよくわからなかったが、野球部という単語を聞いて、野球部への案内を零斗に頼んでいた事を思い出した。正直、零斗に近づく方便で、別に野球に興味はなかったが、ここで断るとおかしいだろうと判断して、頭を下げた。
『おう! よろしく頼む!』
※
彰に連れて行ってもらったグラウンドには、既に着替えが済んでいる零斗がいた。実羅は瞬間噴火して、零斗に走り寄ってきて首に腕を回し、頭をゲンコツでグリグリとした。実羅の心は、『マジでふざけんなよ。杞玲も零斗も俺様をなめてんじゃねえ!』という思いを込めていた。
『テメー、野球部に来てるじゃねえか。ふざけんなよ!』
グリグリやられている零斗はビックリするくらい無表情のままで口を開いた。
「……どちら様?」
『テンメエ!』
喧嘩を売られていると思いマジで殴ってやろうかと思ったときに、着替え途中のまま、部室から慌てて彰が出てきた。彼はビックリするくらい焦っていた。
「わああ! 転校生! それは零斗の双子の弟だ! 弟! 別人だ!」
『え』
実羅はそっと手を離し、顔を見た。
全く一緒の顔だが、そういえば先ほどの不機嫌丸出しの目の睨みや殺気は感じられない。どちらかと言えば、無表情。無。完全なる無。これは別人だ。
実羅はそう思うと、すぐに頭を下げて謝罪をした。
『悪い。弟が居ると知らなかったんだ』
「……いえ。(兄のせいで絡まれること……)良くありますから……。どうぞ気になさらずに……」
『お前、良いヤツだな!』
実羅は無表情で何を考えているかわからないこの弟が、とてつもなく苦労している人に思えてたまらなくなり、勝手に手を掴み握手をした。
『分かる。分かるぞ! そうだよなあ。同じ顔だと大変だよな! 違うのに尻拭いしないといけないし、マジで俺らのこともうちょっと考えて行動して欲しいよな!』
実羅は杞玲のことを思い浮かべながら言った。どうやら目尻に涙も溜まっている。これまでに余程の事があったのだろうが、零斗の弟には与り知らぬ事だった。
そこへ、ユニフォームをキチンと着直した彰が話しに加わる。
「すまん、転校生に言ってなかった。こいつは、隣のクラス……一年B組の濱名百斗だ。あの零の双子の弟で俺の幼馴染み」
「……」
百斗は相変わらず何もしゃべらず無表情だが、どうやら「よろしく」と顔が言っているようだ。瞬時に読み取った実羅は、笑顔で自己紹介を始める。
『おう! よろしくな! 俺は……』
「……知ってる。沙籐……杞玲」
無表情のまま呟くように言った百斗の言葉に、実羅は自分が杞玲としてココに居ることを思い出す。
(やっべえ。杞玲のふり忘れてた。かなり素で話してたわ。でもま、もう後の祭りだな)
「そういえば、転校生は珍しいから話題になっていたな。百が知っているってことは、きっとこの学校の全員、転校生のこと知っているな」
(うわあ、面倒くさ)
実羅が辟易していると、遠くから他の野球部らしき人物が走ってきた。
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