【五章】放課後、野球部にて ―コピー側―

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「あの。先輩たちが、そろそろ練習始めるって……。あれ、杞玲(これ)くん?」  走ってきた人物は、黒髪でボブの小柄の男子だった。どちらかというと、可愛いという印象で野球とはそこはかとなく無縁そうな顔をしていた。彰が不思議そうな顔をしてボブ少年に質問する。 「あれ? 二人とも知り合いなの?」 「いえ、あの。僕、杞玲くんと同じ寮室になる望月凛真(もちづきりんま)です。杞玲くんのことは、兄から聞きました。あ、勝手に杞玲くんって呼んでゴメンナサイ」  凛真は、ペコリと勢いよく頭を下げる。 『それは別にいいけど、兄って?』 「ええと、生徒会長の望月優真が兄です。学園の門で会いませんでしたか?」 『えええ! アイツと兄弟?』  実羅は、胡散臭くて次出会ったら一発殴ってやるリストに入った男を思い浮かべ、驚きを浮かべた。顔も言動も似ていないが、目元が言われれば会長と似ていなくもない。そうジロジロ見ていると、悲しそうに凛真が言う。 「……僕、やっぱり似ていませんよね。よく残念って言われます」 『いや、似てなくて良い! 凛真だっけ? お前はそのままで良い!』  実羅は、凛真の背中をバシバシ叩きながら、生徒会長とソックリだったら間違えて殴っていたかもしれないなと思った。 「……僕、そんなこと言われたの初めてです。ありがとうございます」  凛真はそう言って嬉しそうに笑顔を見せた。密かに彰と百斗は、生徒会長をアイツ呼ばわりする実羅に好感度が少し上がった。  そこへ遠くから「おーい」という声が聞こえてきて、凛真は焦り始めた。 「あ、そうだ。僕、先輩に言われて真乃くんと濱名くんを呼びにきたんでした」 「うわ、やべ。行くぞ。百。望月もサンキュな」  彰と百斗は慌てて先輩たちが走り出した後をついて行った。 『えっと、凛真は行かなくて良いのか?』 「はい。僕は野球部ではなくて、写真部です。卒業写真のためにここ一週間は野球部の練習風景を撮りに来たんです」  そういえば凛真の胸元にカメラがかかっていた。凛真は仕事を始めることを実羅にことわってから、グラウンドを走り始めた野球部に対してカメラを向ける。  カシャカシャ、と電子音が響いてきてしばらくたって、実羅はポツリと言った。 『なあ。濱名零斗が練習していた写真もあるのか?』  実羅の声にファインダーから顔を上げた凛真は実羅を見る。実羅は野球部から視線を外さずに真剣な表情をしていた。 「……ありますよ。見ますか?」 『ここで見えるのか?』 「はい。カメラで再生して確認できます」  そう言って、カメラをこちらに持ってきて見せてくれた。 「このボタンを押すと、写真を送る事ができます」 『ありがとな。でも俺がカメラ使ってたら写真撮れないんじゃねえか?』 「大丈夫です。部室に予備があるので、予備のカメラ取ってきますよ。あ、部室も近いので問題ないです」 『そっか。悪いな』 「いえいえ」  そう言って凛真は部室にカメラを取りに行った。実羅は誰も見ていないことを確認してグラウンドの端でパイプ椅子を生成し、それに座って野球部の練習風景を確認していく。どうやら、真乃彰(まのあきら)はキャッチャーで、濱名零斗(はまなれいと)はピッチャーだと言うことがわかった。と言っても、濱名兄弟は背番号でしか見分けられなかったが。  投げている時の零斗はとても格好良かった。投げるのが楽しそうで、教室で出会った濱名零斗とはおおよそ別人であった。しかし、途中の日時からどこかで怪我をしてしまったのか、投げている時以外は肩を抑えており、陰りが見え始めた。 (肩を怪我したのか? ニ日前からは零斗の写真がないから部活に来ていない……? 肩のせいでもあるけど、魔法のせいかもしれないな。やっぱり、明日、アイツについてくか。てか、ここら一帯、玖二のワンマジの臭いしすぎて、誰が魔法使えるかわかんねーんだよな。まあ、俺の感だけど、野球部の一年は全員魔法使えそうだな。凛真はわかんねー。ここの玖二風味の臭いが混じってる空気と一緒過ぎる。あと、巴朱音と瀬戸秤も魔法できるだろうな。臭ったし。何の魔法かはわかんねーけど、用心だな。秤の作ったリストには、野球部一年は濱名零斗の名前しか載ってなかった。とりあえず今は、濱名零斗の情報収集が先だな。それに、この二枚の写真、気になるし……後でに聞いてみるか……)  野球部について考察していた実羅は、ふとグラウンドの魔法の臭いが強くなったことに気付く。カメラから顔を上げると、グラウンドで彰が飛びかからん勢いで怒っているのが見えた。彰の怒声が響く。それを百斗が彰の両腕を後ろからホールドする格好で抑えていた。その喧嘩相手も負けずと大声で言い返している。  さらに怒気を強めた彰は、今にも魔法をぶっ放しそうな臭いでプンプンだった。対する相手もヒートアップしたのか魔法をぶっ放そうとしていることがわかる。  このまま、何も考えずに感情だけで魔法を使うと、ろくな事はない。ワンマジ使いはそれを分かっていて、コントロールできるように訓練される。訓練も何もされていない者同士でやり合えばどうなるか、火を見るより明らかである。  実羅はカメラを握りしめて、すぐにそちらに駆けていった。 (クソッ。間に合わねえ。てか、鏡(本体)があればコピー作って飛ばせたのに……馬鹿杞玲め。仕事させるなら鏡も渡せよ!) そう嘆いていると、喧嘩中の彼らの間に女の子が突然現れた。その子は徐に腕章を掲げて、「御用ですわ!」と言い彼らの気を逸らした。腕章には生徒会という文字が書かれている。彼女の見た目は小さく小学生くらいに見えたが立派に高校生だった事に実羅はひどく驚いた。そして、遅れてガタイの良い男性が息を切らして走ってくる。その男性は同じように生徒会と書いた腕章をしていた。喧嘩していた人も実羅も呆然とそこに立ちつくす。 「お梅~、置いていくなよ~。あー、キツい」 「押木誠(おしきまこと)! たるんでいますわよ。一分、一秒を争う状況でしたのよ。もう少し早く走りなさい。全く、こうなることが分かっていたから、先生にお願いしていたのに職員会議が伸びるとか、時間指定で頼んだ意味がないじゃない」  あきれたように言う少女は、喧嘩していた二人に向き直り、注意し始める。 「貴方たち、先ほど勢いで魔法を使おうとしましたね。魔法は生徒会で禁止したはずです」  彰と喧嘩相手は罰が悪そうに視線を逸らす。 「黙秘ですか。とにかく肯定したと見なして、二人に罰を与えます」  その言葉を聞いて、彰の喧嘩相手は異論を唱えた。 「喧嘩をふっかけてきたのは、アイツです! 罰ならアイツ一人にして下さい!」 「……」  彰はうつむいて黙ったままだった。百斗はその言い分に反論があるらしい。実羅の方を向いて「違う。助けて」と目が言っていた。実羅はため息を吐くと、彼らに寄っていった。
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