第一部

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第一部

 細々と痩せこけた東南アジア系の乞食が、路肩に転がっていた。彼らはこの国で仕事を得ることができず、このように行き交う人々からの施しを待ち続けている。しかし、乞食の前を通り過ぎる人々(多種多様な人種だ。日本という国にありながら、日本人が多いということはない)は、彼らを侮蔑するような視線を送り、ときには暴力を振りかざした。もちろん乞食に抵抗する体力も気力もありはしないので、ただ振われる理不尽に身を任せるしかない。乞食に日々の抑圧の捌け口を求めた通りすがりのスラヴ系の男は、最後に唾を吐き捨てて、その場から去っていった。間違いなく、これは許されざる行為だ。だけれど、暴力を振るったスラヴ系の男を止めようという者は一人としていなかった。暴力の最中、それを目にした人々はみな無関心を決め込むか、むしろその行為を肯定するかのように嘲笑を口元に浮かべている。俺はその下衆な人々の仲間になったつもりは一切ないが、乞食を見殺しにしている時点で同罪だろう。  動かなくなった乞食のいる路肩から目を離して、その先、路地裏に続く細い通路に目を向ける。日が沈み、光源となるものがない通路は、注視しなければその様相を窺い知ることはできない。しかし、じっと目を凝らしてみると、その惨状が嫌でも目に入ってくる。まだ十代後半であろうラテン系の少女が、二、三人のアジア系の男たちに捕まっていた。この先の展開は、この近辺に縁のあるものなら想像に難くない。助けを呼べないように口を塞がれた少女は、男たちによってみすぼらしい衣類を引き裂かれていく。そして、男たちも着用していた衣類を脱ぎ捨てて、程なくしていわゆる輪姦が始まった。少女は泣きながら抵抗していたが、それでも大の大人の男に力で勝ることはやはり難しいようだ。たとえ口を塞がれておらず、助けを呼べる状態であったとしても、ここの人間は決して助けることなどしないだろう。理由は単純明快で“助けるメリットがない”からだ。中にはこのような状況下になった際、男たちを追い払う猛者もいるにはいる。ただ勘違いしないで欲しいのが、助けた理由というのはその後自分が襲われていた女を手中に収めるためだ。助けてもらった恩人に仇で返すことはできないと、助けられた女は従うしかない。そういう意味では、普通の強姦よりタチが悪いとも言える。  身体を犯される痛みに耐えながらも、明暗しているであろう意識の中、件の少女がこちらに気が付く。彼女は最後の希望とばかりに懇願するような視線を送ってきた。助けて。お願い。だけどその程度のことで俺の心は傾くことはない。そのまま少女から視線を外す。その際、視線を逸らした瞬間の少女の絶望に満ちた表情。今の社会では、あの表情を目にする機会がとても増えた。ディストピア、という言葉がある。楽園の対義語。地獄の体現。残念なことに日本は、その言葉通りの世界を構築してしまっていた。
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