第四部

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 その名前を聞いて、なんとなく察しが付く。タグトレーサーというのは、IDタグを応用した追尾システムで、例えば銃弾にそのタグを仕込んでおき、弾を撃ち込んだ先にタグを埋め込むことで追跡(トレース)を可能にしたものだ。つまりヴィヴィはクラウンが走り去る前にタグを撃ち込み、追跡を行っていたのだろう。 「どうして先にそれを言ってくれなかったんですか」 「教えたら今すぐにでも行くと言って話を聞かなくなるだろう。それとセレネを諦めてくれるかも、とちょっぴり期待したからだ。悪く思うな」  ヴィヴィはグリズリーを仕舞うと、 「連中、人を轢いた車で走り続けるわけにはいかなかったらしく、途中で車両を変えやがったが、友人にそれの追尾も頼んでいた。乗り換えた車が入っていったのが、横須賀基地の研究施設ということだ」  横須賀なら片道二時間はかかってしまう。早くしないと、追跡がほぼ不可能になってしまう。 「君の考えている通り、連中はセレネをずっと横須賀基地に置いておくつもりもないだろう。他の施設に移送される可能性もある。行くなら早い方が良いだろうな」  俺はそれを聞いて、身体を起こそうと力を込めた。しかし背中に激痛が走り、まともに動くことができない。ヴィヴィはそんな俺を見て、安心しろと声をかけてきた。 「私のツテを最大限利用した特注品をご用意してますので」  そう芝居めかして言うと、ヴィヴィはパイプ椅子の横に置いてあったトランクに手をかけた。なんだか大きいものがあるなと気にはなっていたが、一体何が入っているのだろうか。  ヴィヴィはトランクのロックを解除し、蓋を開ける。その中身は、――戦闘用のコンバットスーツに見えるが。 「英国で試作実験中の戦闘継続補助スーツだ。旧い友人から無理矢理ぶんどった代物でね。生体電気で起動する、特殊なスーツだ。人工筋肉による筋力アシストに負傷時の応急処置を自動で行ってくれる優れものだ」  そう言って、彼女は重そうにそのスーツをベッドの上に広げた。 「負傷してても処置してくれるというのは」 「例えば肋骨が折れても、薬物投与で一時的に痛みを緩和してくれるし、怪我が悪化しないよう人工筋肉が圧力を加えて維持してくれる。どうだ、すごいだろう」  ヴィヴィは子どものようにはしゃいでいたが、彼女の内の男心がくすぐられているのだろう。昔から彼女は子どもの、特に男の子が好きそうな玩具やらゲームやらを好む傾向にあった。このスーツも彼女の琴線に触れたのだろう。 「これを君に渡すのは少し寂しい気もするが、コレクションするだけではこいつも浮かばれないのでね。存分に使ってやってくれ。もし本場の自衛隊員と戦闘になっても、筋力補助のお陰で力負けすることはないだろうさ」  俺は頷き、スーツを着ようとした。しかしそもそも俺は今自分で上体を起こすことができないので、そのまま静止してしまう。こちらの様子を見て、そのことに勘付いたのか、ヴィヴィが意地悪そうな声を上げる。 「――着替えさせてやるよ。恥ずかしがらなくていい。君の裸なんて見慣れてるから」 「誤解を招く言い方はやめてください」  しかし手伝ってもらわなければスーツを着ることができないので、彼女に従うしかない。ヴィヴィは少し嬉しそうな表情を浮かべながら、俺の病衣に手をかけた。
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