第四部

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 しばらく車に揺られていると、車両が緩やかに減速していった。そのままトラックは速度を失い、完全に停車する。貨物の搬入場所に到着したようだった。俺はゆっくりと物陰から顔を出す。後ろ手を確認してみるが、暗闇に包まれていて何も見えなかった。ふと、運転席の方から物音がして、扉が閉じられる音がした。俺はもう一度物陰に身を潜めて警戒する。しかし運転手がこちらに来るようなことはなかった。恐らく搬入の手伝いを呼びに行ったのだろう。これはチャンスだ。そう自分に言い聞かせると、俺はトラックからゆっくりと外へ出た。段々目が暗闇に慣れてきたようで、少しずつ周囲の状況を確認できるようになってくる。ここはやはり貨物搬入用の駐車場のようで、何か武器庫のような建物の目の前だった。運転手の後を目で追うと、やはり彼は武器庫の方へ向かっているようだ。俺は彼に気づかれないように後ろから接近すると、瞬間的に組み付き、首を圧迫した。  あまりに一瞬の出来事だったからか、男は全く抵抗の様子を見せない。戦闘継続補助スーツが腕の筋繊維の収縮を感じ取ったのか、人工筋肉がそのサポートを行う。その結果首絞めの威力が大幅に向上し、男は意識する間もなかったであろう程速やかに意識を失った。  男をその場に寝転がし、俺は小さく息を吐きながら、両腕を持ち上げ手を握りしめる。このスーツ、かなり役に立ちそうだ。もし近接格闘戦になったとしても、自衛隊員相手にまずまず立ち回れるのではないか。そもそも自衛隊員と戦闘になること自体避けたいものだったが、警戒レベル的にも接敵してしまう可能性は高い。監視カメラ以上に、部隊員との接触戦闘が憂慮される事態だった。俺は男をトラックまで引きずると、俺が隠れていた荷台まで彼を投げ入れる。この動作もスーツの補助なしではできないであろう芸当だったが、筋力補助がある今、大の男を一人持ち上げることぐらい造作もないことだった。俺は男を荷台の一番奥まで運び込むと、いつも通り身包みを全て剥がした。そして自分か来ているパーカーとズボンを脱ぎ、男の着ていたものに着替える。彼の被っていた業者の帽子も被り、傍から見たらただの若い作業員に見えるよう偽装した。本来なら、この場で男を殺しておくのが確実だが、今の俺にそれはできない。セレネと触れ合ったことで、俺はどこか人間らしい感覚を取り戻してしまったようだ。つまり殺人はいけないという人間の本質に回帰してしまったわけで、俺は今殺人を躊躇していた。賞金稼ぎである以上、殺人に手をこまねいていることには始まらないのだが、殺人を行う俺を見たセレネの表情を想像すると、どうしても手が出せない。俺は本当に賞金稼ぎとして弱くなってしまった。こんなに甘いことでは、この仕事を全うできない。それはもちろんわかっていた。だけど、俺の中の良心が叫んでいた。不要な殺人は避けろ。緊急時以外は殺すな。その不殺主義が自分の首を絞めてしまう可能性に気付きながら、俺はやはり殺人を躊躇してしまっていた。  俺は思考を切り払うと、男が潜入中に目を醒まさないことを祈りつつ、トラックの荷台を出た。荷台を飛び降りると、目の前には武器庫が屹立している。別にセレネはいないだろうから、彼女について知っているであろう人物に居場所を尋ねなければ。
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