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前を歩いていた柏崎がふと何気なくこちらを振り返り、旭に気付くと、圭一に何かを言った。すぐに圭一が振り向き、笑顔で手を振ってくる。旭も手を振り返す。歩調を速めて二人に追いつこうとしたが、その場で待っている圭一を置いて、柏崎は一人先に歩いていってしまった。
「黒崎」
「はよ。邪魔した?」
「え? 何が」
「柏崎くん。一緒に来てたんだろ」
「いや別に? さっき下で会っただけだけど」
もしかして避けられているのだろうか、と一瞬だけ考えたが、そもそも避けられるほど向こうが自分のことを知っているとも思えない。
圭一と一緒にいることが多い柏崎とは、昼休みなどに何度も顔を合わせてはいるのだが、いつもこうやってさりげなくどこかに行ってしまうので、旭は未だにまともに話したこともなかった。
「黒崎、お前、今日弁当?」
「うん」
「んじゃ一緒に食わね? 屋上で」
「いいよ」
それからふと「柏崎くんも?」と聞くと、圭一はきょとんとして、「何で?」と返してきた。
「いつも一緒に食ってんじゃないの」
「あー、学食ん時だけな。あいつ弁当持ってきてんの見たことない」
「へえ」
相槌を打ちながら、気にしていないはずの噂を思い出す。
信じている訳ではないが、もしあの話が本当だったら、柏崎の態度も腑に落ちるという気もする。旭が圭一と仲良くするのが気に入らないとか。でも、だとしたら圭一もそっちだってことで……それはやっぱりしっくりこないな。
「――柏崎くんて人見知り?」
「え? いや、別にそんなことないと思うけど。何で?」
「俺、未だにちゃんと話したことないからさ。お前と一緒にいる時、顔は合わせんのに」
「あー、まあたまたまじゃね?」
「いっつも何話してんの?」
「んー、別に、何か適当なこと」
何でもないその返答の裏側に、さりげないごまかしのニュアンスが含まれている気がして、旭は一瞬だけ反応が遅れた。そのわずかなずれを圭一は敏感に察知する。
「何だよ。だって、じゃあ俺らは何話してんだよいつも」
「え?」
「何か適当なこと話してんだろ」
「ああ、まあね」
「それと同じだよ」
いつになくぶっきらぼうに聞こえるその言葉に、旭はむしろ違和感を強めたが、同じように思ったのか、圭一が「何でそんな気にしてんの」と柔らかい口調で問い返してきた。
「いや、邪魔してるかと思って」
答えながら気付く。そうか。やっぱり俺も、どっかで噂が引っかかってんのかも。
「だーから、邪魔って何だよ」
冒頭の会話に戻ったことで、圭一が呆れた声を出した。
「分かったよ、柏崎に言っといてやるよ、お前が気にしてたって」
「え? いや、言わなくていいし」
「気になるんだろーが」
「なってない」
「嘘つけ」
「なってない。全く、これっぽっちも気にしてない」
旭がむきになってそう返すと、ははっ、と笑いながら圭一は前を向いた。もう何年も知っている、圭一の素の表情。
中学時代の坊主頭を見慣れていたせいで、高校に上がってすぐは違和感のあった圭一の髪の毛も、今ではもうすっかり見慣れた。真っ直ぐで硬そうな、圭一らしい短髪。日に焼けた肌。
――俺が知らないだけで、もしかしてそういう可能性もあるのだろうか。
こいつがねえ、と思いながら、旭も圭一に遅れないように歩を速めた。
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