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「もう6月だぞ。全然知らなかったっつの」
「別れたっていうか、何か自然と会わなくなった感じ」
春休み中、そう言えば連絡がないな、くらいは思っていたのだけど、4月に一学期が始まってからふと廊下で顔を合わせた時に向こうが目を逸らして素通りしていったので、ああそういうことか、と旭もそのまま受け入れた。
「春休みってことは、続いたのって結局三か月くらい?」
「そう。なかなか短いだろ」
自虐的に言ってみたが、圭一は何故か口をつぐむ。
「……」
静かになった圭一をちらりと見てから、柏崎がまた口を開く。
「ちなみに、やった?」
圭一が、言葉を発しないまま硬直する。何で圭一が固まってるんだろう、と横目で見ながら、嘘を吐くこともできず、旭はしぶしぶ認める。
「あー……うん」
本当は、そこにはあんまり触れてほしくない気持ちもあった。柏崎に向かって頷いてから再び圭一を見ると、神妙な面持ちでじっと旭を見つめている。
「……やったのか」
「え、うん」
何だろう。圭一の反応がよく分からない。先を越されたから、にしてはニュアンスが真面目くさい。
旭は昔からクラスの中でも背の低い方だったが、中学三年になって一気に背が伸びた。ついには少しだけ圭一の身長も追い越して、そしてその頃から、旭は何故か少しずつ異性にモテるようになった。
と言って圭一がそれを面白くないと思っている素振りを見せたことはない。女子が旭を好きらしいという噂が出る度、冗談を言って旭をからかうことはあっても、ひがんだりする様子はなかった。
たまに強引なところがあるせいでよく知らない人間からは誤解されることもあるが、圭一は今まで一度も、旭にマウントを取ったり都合よく使ったりしたことはない。むしろ親しくなるほど気遣いが増すようにも思えていた。これがよく言う男の包容力なのか、などと旭が感心するほどだった。
だから今回も、旭の方が先に童貞を捨てたことで圭一が不愉快に思っている訳ではないと思うが、しかし圭一の反応は旭の想定とは違っていた。いつもならまた面白がってからかうところなのに。
「まあ、好きでもない女子とわざわざ付き合う理由なんて、それしかないよね」
柏崎が訳知り顔でそう言ったので、旭はいったん頭の中の疑問を保留にする。
「あれ? 柏崎くん、島田さんのこと知ってんの」
「うん。一年の時に同じクラスだったから」
「あ、そうだっけ」
「声でかいしさ、黒崎くんと付き合うことになったのクラス中知ってたと思うよ」
「うわ、まじか」
「ちょうどクリスマスとかバレンタインとかだっただろ。すげえ騒いでた」
「ああー。まあそういうので、結局誰でも良かったんじゃね、向こうも」
「そう? 黒崎くんモテるだろ。すごい自慢してたけど」
「ええー……最悪」
「いいんじゃん。それに便乗してやれたんだし」
そこでいったん言葉を切った柏崎は、一人黙ったまま弁当を食べている圭一に再び意味深な視線を送る。それから、
「黒崎くん、俺にも聞いてよ」
と面白そうに言った。
「え、ああ。柏崎くんは彼女いるの?」
「ううん、いない」
「……はあ」
じゃあなんでわざわざ質問させたんだ、という顔をした旭を見据えて、
「彼氏ならいる」
と柏崎は言った。
思わぬ言葉に、旭はしばらく言葉を失った。それからはっとして圭一を見る。圭一は、ん? という風に旭を見返してくる。旭は何とか言葉を探してから、無理やり相槌をうった。
「あ……そうなんだ」
「うん」
そして圭一に対して「な」と同意を求める。圭一も何でもない顔で頷く。
――まさか本人からカミングアウトされるとは思わなかった。
それでも、この顔だったら男でも放っておかないのかな、などと頭の片隅で考える。
え、でもそしたら。その彼氏というのも、もしかして……。
もう一度圭一の顔を見たが、やはり何も気にしていないような顔で弁当を食べている。
それは、もうこの時代、男同士の恋愛なんてとりたてて騒ぐ必要もないという意識の表れなのだろうか。自分も普通に男女の恋バナを聞いた時のような反応をすべきなのか。そしてふと気付く。
ああ、そうか。もしかして今日はそのことを俺に言うためにわざわざ二人でここに来たってこと?
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