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店を出た後、「帰って一人になったらすぐに寝てしまう」と圭一が言うので、二人で目的もなくぶらぶらしてから帰ることにした。遊ぶお金もないので、ただ適当な道を歩く。
「お前の親、何時くらいに帰ってくんの」
「さあ。昼過ぎくらいかな」
圭一が自販機の前で立ち止まった。お互いに飲み物を買う。旭の分も買うと言う圭一の申し出を断って、旭は自分でお茶を買った。
「付き合わせてごめんな」
「そんなの別にいいし」
付き合ってるんだから、と頭の中では思ったが、何となく恥ずかしくて口からは出なかった。
「そう言えば、XXのアトラクション、俺も行きたかったなー」
「ああ。すげえ面白かった。もうやってない?」
「さあ。夏季限定だったんだろ?」
「まあでも、今のお前は覚えてなくても、その時のお前は楽しんでたから、いんじゃね」
敢えてそう言うと、「ひでえ」と圭一が笑う。
「何か変な感じだな。それだって俺自身なのに、覚えてないってだけで他人みたいな感じ」
「……だな」
あまり茶化すのも悪い気がして、旭は先の話へと方向を変えた。
「また次に何かあれば行こう。USJ」
「うん」
「あと花火も」
「花火?」
「お前が誘ってきた。来年の花火大会、一緒に行こうって」
「おう。そりゃ行くし」
「それ言われた時はさ……本当は『来年もまだ付き合ってんのか?』とか思ってたんだよな」
「へえ。今は?」
「そりゃ、付き合ってんじゃね」
「まじか!」
「いや、まあ知らんけど」
思わず留保付きにしてしまったが、それでも圭一は嬉しそうに表情を崩した。旭だって、今となってはもう圭一と付き合っていない状態を想像することができない。
――こんな風に過ごす時間も、圭一はまた忘れてしまうのかな。
そう考えてみた時、今旭の気にかかるのは、自分のことよりもむしろ圭一のことだった。
大きな出来事はノートに書いておくこともできるけど、こんな些細な会話まで残すことは難しい。でも、旭自身にとってはこうやって圭一と過ごす何気ない時間やちょっとした言葉がとても大切なものだと思えた。だからそれを圭一にも失くしてほしくなかった。
けれど、圭一に忘れないでほしいなんて言う訳にはいかない。自分より圭一の方がしんどいのだ。前はあんなに忘れられることが怖かったのに、圭一がちゃんと言葉と態度で旭に好きだと伝えてくれているから、だから今は旭自身はそんなに不安を感じていない。それよりも圭一が辛い思いをしなければいいのに、と思う。
本当に、圭一の記憶は何故失われるのだろう。
旭といてこんなに嬉しそうにしてくれているのに、それを消してしまうどんな理由がその心の中に潜んでいるのか。
それから数時間ひたすら歩いて、ちょうどお昼くらいに再び圭一のマンションの前まで戻ってきた。
「ちゃんと寝ろよ」
別れる時にそう言ってみたが、圭一は笑うだけでうんとは言わなかった。旭から見ても、圭一は朝よりもだいぶ消耗しているように見えた。きっと眠気で頭も働いていないだろう。とても更なる徹夜などできそうにない。
その夜、久し振りに圭一からラインが来た。
あの状態で寝ずに過ごすことは難しいだろうから、もしかして眠っても忘れていなかったのかと思ったが、寝たのかと聞くと、『話した作戦で』と返ってきた。
『何?』
『45分』
『寝た?』
『やっぱ短時間睡眠なら大丈夫っぽい』
どれだけ強い意志で睡魔と戦っているのだろう。何でこんなことになっているのだろう。圭一が何故こんなことをしなければならない。それが自分のためだと思うと、旭は激しい罪悪感を覚えた。
『ちゃんと寝ろって。俺ももう寝るから』
『おやすみ』
『お前も寝ろよ』
そう念押ししてみたが、圭一からは『GOOD NIGHT!』というスタンプだけが返ってきた。
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