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翌日、いつものように学校に行ったが、朝の通学路では圭一に会わなかった。圭一の教室を通り過ぎる時に中を覗いてみても、まだそこに姿はなかった。
体調を崩していたりしないだろうか。
気になった旭は、一時間目が終わってからまたさり気なく圭一の教室へ行ってみた。覗いてみると、圭一がいるのが見えた。少しほっとして、声はかけずに自分の教室に戻った。
いつもどおりならまた一緒にお昼を食べるだろうから、昼休みにでも様子を見てみよう。眠そうにしてたら、もういいからちゃんと寝ろと言わないと。
「――黒崎くん」
柏崎が旭の教室に来たのは、四時間目が終わって昼休みが始まった直後だった。声に振り向くと、入り口で旭を手招いている。旭はすぐに廊下に出た。
「圭一のこと?」
案の定、そこには柏崎しかいない。何かあったんだろうか。柏崎は頷いた。
「さっき体育だったんだけどさ。あいつ、何かふらふらしてて、今は保健室にいる」
そう言った柏崎は、旭の顔を見て、「知ってた?」と聞いてきた。
「……うん。寝てないんだろ」
「らしいね。寝なかったら黒崎くんのこと忘れないからって言ってたけど、そうなの?」
「圭一はそう言ってる」
「俺にも、何か知らないかって聞いてきたよ」
「うん。……何か知ってる?」
「三人の中で黒崎くんが一番よく知ってるんだから、黒崎くんの言うことがあってるんじゃないかって、原には言ったんだけど」
「ん……俺は分かんないんだ。俺の推測は、圭一はしっくりこないみたいで」
「原のとこ行く?」
「あ、うん」
「これ、あいつの鞄。今日はもう帰った方がいいと思う」
柏崎は、手に持っていた圭一の鞄を差し出してきた。旭は「ちょっと待ってて」と言って、自席に戻った。手早く片付けて、鞄を持つ。
「帰る? 黒崎くんも」
「うん。送ってく」
あらためて鞄を受け取ろうと手を差し出したが、柏崎はそれを肩に掛けて歩き出した。旭も後を追う。
「学食行くついで」
「うん。ありがとう」
いつもの無表情で旭の横を歩く柏崎は、旭より少し背が高い。保健室まで歩く間、すれ違う生徒がその顔を目で追うのを、旭はすぐ隣で何度か目にした。やはり柏崎の顔は多くの人の目を引くのだろう。漫画のシーンみたいだな、と思う。
「そう言えばさ、ジェルとか俺にもらったって言ったんだって?」
そんなことは意にも介さないように、柏崎が話し出す。
「え、あっ? そうだった。ごめん、勝手に」
旭が咄嗟に吐いた嘘のことだ。思わず柏崎の名前を出してしまった。
「いや、全然いいんだけど。いきなり原にお礼言われて、最初意味分かんなかったから」
「あいつ、自分で買って持ってるのに忘れてたから……ごめん」
「ついこの前、それについて相談されたとこだったんだ。それも二回目だったけど。だから特に違和感はなかったんじゃない」
「うん。普通に納得してた」
旭がそう言うと、柏崎はかすかに笑う。しかし、それから何かに気付いたように旭を見た。
「ん?」
「いや。そう言えば、あいつ夏休みに電話してきて、潤滑剤のこととか聞かれたんだけど、その時、やたらと黒崎くんに怪我させたくないって言ってて」
「うん」
『ちょっとでも痛かったら、絶対言って』。圭一の言葉を思い出す。
「俺が痛い思いするのが嫌みたい」
「それはそうだろうけど。何か『怪我』っていう表現がちょっと違和感あって、今ちょっと思い出したから」
「ん?」
「もしかして、何かトラウマでもあるのかなって」
「怪我に?」
「うん。まあ、関係ないかもしれないけど」
旭は、少しだけ古い記憶を思い出した。
「でも、それこそ怪我させないように途中でやめたみたいだから、違うんだろうけどね」
「うん……でも、心当たりあるか圭一に聞いてみるよ」
保健室の前に着いたので、旭は柏崎から圭一の鞄を受け取った。
軽く手を上げてから、柏崎は踵を返して歩いていった。今日は一人で昼食を食べるのだろうか。
旭は少しだけその後ろ姿を見送った。
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