20.ノート

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 翌日、いつものように学校に行ったが、朝の通学路では圭一に会わなかった。圭一の教室を通り過ぎる時に中を覗いてみても、まだそこに姿はなかった。  体調を崩していたりしないだろうか。  気になった旭は、一時間目が終わってからまたさり気なく圭一の教室へ行ってみた。覗いてみると、圭一がいるのが見えた。少しほっとして、声はかけずに自分の教室に戻った。  いつもどおりならまた一緒にお昼を食べるだろうから、昼休みにでも様子を見てみよう。眠そうにしてたら、もういいからちゃんと寝ろと言わないと。   「――黒崎くん」  柏崎が旭の教室に来たのは、四時間目が終わって昼休みが始まった直後だった。声に振り向くと、入り口で旭を手招いている。旭はすぐに廊下に出た。 「圭一のこと?」  案の定、そこには柏崎しかいない。何かあったんだろうか。柏崎は頷いた。 「さっき体育だったんだけどさ。あいつ、何かふらふらしてて、今は保健室にいる」  そう言った柏崎は、旭の顔を見て、「知ってた?」と聞いてきた。 「……うん。寝てないんだろ」 「らしいね。寝なかったら黒崎くんのこと忘れないからって言ってたけど、そうなの?」 「圭一はそう言ってる」 「俺にも、何か知らないかって聞いてきたよ」 「うん。……何か知ってる?」 「三人の中で黒崎くんが一番よく知ってるんだから、黒崎くんの言うことがあってるんじゃないかって、原には言ったんだけど」 「ん……俺は分かんないんだ。俺の推測は、圭一はしっくりこないみたいで」 「原のとこ行く?」 「あ、うん」 「これ、あいつの鞄。今日はもう帰った方がいいと思う」  柏崎は、手に持っていた圭一の鞄を差し出してきた。旭は「ちょっと待ってて」と言って、自席に戻った。手早く片付けて、鞄を持つ。 「帰る? 黒崎くんも」 「うん。送ってく」  あらためて鞄を受け取ろうと手を差し出したが、柏崎はそれを肩に掛けて歩き出した。旭も後を追う。 「学食行くついで」 「うん。ありがとう」  いつもの無表情で旭の横を歩く柏崎は、旭より少し背が高い。保健室まで歩く間、すれ違う生徒がその顔を目で追うのを、旭はすぐ隣で何度か目にした。やはり柏崎の顔は多くの人の目を引くのだろう。漫画のシーンみたいだな、と思う。 「そう言えばさ、ジェルとか俺にもらったって言ったんだって?」  そんなことは意にも介さないように、柏崎が話し出す。 「え、あっ? そうだった。ごめん、勝手に」  旭が咄嗟に吐いた嘘のことだ。思わず柏崎の名前を出してしまった。 「いや、全然いいんだけど。いきなり原にお礼言われて、最初意味分かんなかったから」 「あいつ、自分で買って持ってるのに忘れてたから……ごめん」 「ついこの前、それについて相談されたとこだったんだ。それも二回目だったけど。だから特に違和感はなかったんじゃない」 「うん。普通に納得してた」  旭がそう言うと、柏崎はかすかに笑う。しかし、それから何かに気付いたように旭を見た。 「ん?」 「いや。そう言えば、あいつ夏休みに電話してきて、潤滑剤のこととか聞かれたんだけど、その時、やたらと黒崎くんに怪我させたくないって言ってて」 「うん」  『ちょっとでも痛かったら、絶対言って』。圭一の言葉を思い出す。 「俺が痛い思いするのが嫌みたい」 「それはそうだろうけど。何か『怪我』っていう表現がちょっと違和感あって、今ちょっと思い出したから」 「ん?」 「もしかして、何かトラウマでもあるのかなって」 「怪我に?」 「うん。まあ、関係ないかもしれないけど」  旭は、少しだけ古い記憶を思い出した。 「でも、それこそ怪我させないように途中でやめたみたいだから、違うんだろうけどね」 「うん……でも、心当たりあるか圭一に聞いてみるよ」  保健室の前に着いたので、旭は柏崎から圭一の鞄を受け取った。  軽く手を上げてから、柏崎は踵を返して歩いていった。今日は一人で昼食を食べるのだろうか。  旭は少しだけその後ろ姿を見送った。
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