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「もえちゃんに聞くよ。今回の通り魔事件、何故起こったと思う?」
「は?」
「何事にも物事には理由がある。仮に一時の衝動でも理由はあると思うよ」
「知るわけないじゃない。犯人だって、その場で死んだって言ってたし……」
今回の通り魔事件。犯人は十数人を殺傷した後、自ら命を絶った。世では一番やってはいけない過ちだろう。
「そうかなぁ?もえちゃんも少しは頭使おうね?」
馬鹿にした笑みを浮かべ、維和は話を続ける。
「じゃあ別の視点から話をしようかな。……何でオレが生まれたと思う?」
「…………」
桃愛はじっと維和を見つめた。その話を自らするなど、相手を馬鹿にすることが通例な維和としては珍しかったのだ。
「何でって……。翔の両親は幼い翔を椅子に結びつけて、互いの自殺の瞬間を目撃させることで自己を満たそうとした。そのありえない光景が受け止めきれなかったから、維和が生まれたんでしょう?」
「そうそう、よく分かってるね。オレは翔の別人格と呼ぶに値するかもしれないけど、実際は同じ人間なワケだ。容姿は何も変わりやしない」
「だけど声や話し方は全くの別人よ。完全なる別人格じゃない」
「それはもえちゃんがオレを知っているからだよね?ずっとオレだったらオレは別人格でもない表の人間だからね」
「…………っ」
虚をつかれ、桃愛は俯いた。
「まあそんな訳で、翔はある意味幸せなんだよ」
「……何で、何でそんなことが言えるの!?維和は翔を乗っ取ったに過ぎないのに!」
怒りを維和にぶつけた瞬間、維和の眉間が寄った。
「乗っ取った、ねぇ……。まぁ、そう思うのも無理はないね。実際、別人格が殺人を起こしたなんて話は山ほどある訳で、そんなヤツらが法では裁けないと嘆く姿を裏でオレは何度も見たよ。だけど、皆が皆そうじゃあない。オレのお陰で翔は生きていられるってことを理解して欲しいね」
「……!?」
「もっと理解して欲しい反応だねぇ。オレが生まれなかったから、翔は死んでいたかもしれないんだよ?もえちゃんにも会えなかったかもしれない」
「……え?」
ふいに寂しさを帯びた維和の声が、桃愛の胸を掻き毟るような感覚を覚えさせた。
「……もういつかも忘れたけど、前にはっきりもえちゃんに言ったことは覚えてる。人の感情、思いについて……確かに、言った」
「もしかして、人の器の話?」
「そうそう!何だ、もえちゃんも覚えてくれてたんだ」
「覚えてるというか、維和がやたらと真剣に話をするから覚えているだけ。──人の器には限界がある。それは人それぞれで抱えきれなかった感情は器から溢れ出て行き場を失う……だっけ?」
「そう。人間は哀れで滑稽な生き物だ。だけどそれを認識している人はそういない。生きることに絶望することで、ようやく理解するんだよ。世への渇望は世の絶望と表裏一体だ。だからこそ世は成り立つ。だけど、それは同時に潰滅への序章に過ぎない」
桃愛と視線を合わせようとせず、維和は軽く腰をソファから上げると窓側に寄った。
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