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好きと嫌いは似ている。
私はそう思う。
「動くなよー」
「・・・」
机に押し付けられた左手。それに狙いを定めるシャーペン。
「よーい・・・スタート!」
押し付けられ開かれた指の間を勢いよくシャーペンが突き刺さっていく。
1!2!3!とカウントしながらランダムに指の間を飛び回る。手の平に汗が滲んでいく。
「9」と言いかけた瞬間、シャーペンが薬指の付け根に刺さった。
「あーーー!しっぱーーーい!!」
そう1人が叫ぶと、周りの連中もギャハハと大笑いする。私は口唇を噛んで痛みに耐える。
「ちゃんとやれよ葉山ぁ」
「はぁー?こいつが動いたんだしー」
「オイ動くなよ真木ー」
口々にヤジを飛ばしては笑い、打ち落とす。
「痛かったー?ごめーん」
「・・・」
明らかなイジメだが、クラスの連中は波風立てないよう気付いてないふりをしている。『イジメじゃなくてイジリ』なんて馬鹿馬鹿しい言い訳を、誰かが言っていた気がする。
「おーい、席に着けー」
「うぃー」
「はーだるー」
「じゃーねー真木ちゃーん」
次の授業の担当教師が入ってくると同時に、私を囲っていた連中はぞろぞろと自席に戻って行った。
痛む手を擦っていると、ぬるっとした感触に気付く。少し血が出ていた。
去り際、葉山と目が合った。目を細め、口の端を上げてこちらを見つめる。
手を強く握ると、白いシャツの袖に血が滲んだ。
家に帰り、血のついたシャツの袖を水と石鹸で軽く洗い、洗濯機に放り込んだ。よれよれの黒い上下のスウェットに着替えて携帯を見ると、メッセージが届いていた。
『今から行っていい?』
私は小さく溜め息をつき、少し考えてから『いいよ』と返す。
5分も経たないうちにインターホンが鳴る。モニターに写った人物を見て、また溜め息をつく。ヒリヒリする左手を擦りながら扉を開ける。
「おそーい」
「・・・来んのが早い」
ふわふわで淡い色のルームウェアを着た葉山が立っていた。
「おじゃましまーす」
「お母さん達今日早く帰ってくるから、あんまり長くは・・・」
「ねー久々にゲームするー?」
「聞いてないし・・・」
人の言葉を聞かず、慣れたようにリビングを進む。
「お腹すいたー。なんかない?」
「・・・ないよ」
「えー」
「えーって言われても・・・」
左手を擦っている事に気付いた葉山は、私の手を取り絆創膏を見つめる。
「・・・痛かった?」
「・・・痛かった」
そう言うと葉山は、絆創膏の貼られた手を優しく撫でる。
「ごめんね、真木」
そう言いながら葉山は私の手にキスをした。
「でねーそしたらリサがねー・・・」
「・・・ふぅん」
葉山は私の部屋のベッドの上に寝転がり、クラスの友達の話しをする。私は適当に相槌を打つ。
「ねー?聞いてるー?」
「聞いてるよ・・・」
「もっとちゃんと聞いてよー」
「・・・」
葉山は普段、明るくクラスの中心にいる。おしゃれで美人で人気者。まぁ、女子校だけど。
ポーチから煙草を取り出し、火をつける。
「あらー真木さん。未成年が煙草吸っちゃだめなんだよー」
「同級生にシャーペン突き刺すのもだめなんだよ」
そう言ってゆっくり煙を吐く。
「・・・もしかして怒ってる?」
「・・・」
「いつもの事じゃん」
「・・・今日のはひどかった」
「トイレの個室で水ぶっかけられるより?」
「血が出るのは、やりすぎだと思う」
「頭からジュースかけられて、床舐めさせられるより?」
「・・・」
再び煙草を咥え、深く息を吸う。
1年前から続くいじめの数々を思い出すと、煙草はどんどん燃え、短くなる。
「いっそ、殺せばいいのに」
携帯灰皿に煙草を押し付けながら、葉山を見る。
「手じゃなくて、喉に突き刺せば良かったのに」
葉山の目を見て言う。葉山が目を見開く。
その直後、吹き出して笑った。
「教室でクラスメイトの喉にシャーペン突き刺すとかマジでやべー奴じゃん!」
カラカラ笑いベッドの上でのたうち回る葉山に、私は目線を外し溜め息をつく。もう1本煙草に火をつける。
「あっはっはっ・・・はぁー、やば。腹痛い。そんな事しないし」
「・・・なんで?」
「なんでって、なんで?」
「・・・私の事嫌ってるくせに」
「嫌ってないよ」
「嘘だ」
「嘘じゃないよー。むしろかなり好き」
嘘だ。
私は葉山に目を向ける。ベッドの上に座って長く綺麗な髪が口の端にかかって、とろんとした目でこちらを見ている。
両手を伸ばして私の顔を挟み、顔を寄せる。
「わたし、真木の事好きだよ。顔とか性格とか。ちょっとハスキーな声も好き」
煙草を咥えたまま、顔を寄せ合う。あと一歩進んだら、この綺麗な顔に煙草の火種が当たる。
そうしたら、どんな顔するのかな。
「初めて会った時から、気になってて、マジで今年同じクラスになれて良かったーって思ってるもん。
真木が好き。めちゃくちゃ甘えたいし、甘やかしたい。
・・・でもそれと同じくらい、ボコボコに殴りたいし、グチャグチャにしてやりたい、って思ってる。」
絵画のような、映画のワンシーンのような綺麗な微笑みを浮かべ、葉山は私の目を見て言った。
「・・・いかれてる」
「真木だって人の事言えないじゃーん。いじめっ子を部屋に呼んで仲良くしてるくせにー」
「・・・同じマンションだったのが運の尽きだ」
咥えていた煙草を灰皿に置くと、葉山が隣に置いていた煙草の箱を取る。
「・・・ラッキーストライク」
葉山が箱を顔の横に掲げて、ニヤッと笑う。
「運が尽きたから補充してる。的な?」
「うざ・・・」
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