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美醜
ある所にそれはそれは美しい親子が居ました。父子家庭でありながらも娘を大切に育てるシングルファーザーの父親。
大変な家庭でありながらも笑顔を絶やさず、お父さんのことをずっと愛していた小学生の娘。
二人とも容姿端麗で、性格も良く、沢山の人から愛されていました。
しかしそんな2人の幸せは長くは続かず、地獄を見ることになったのです。
「せんせぇさようならー!」
わたしは「やっと学校が終わった〜」とウキウキ気分で家へ帰ろうとしていた。
家へ帰るとパパがいつもやさしくカッコイイ顔と声で「おかえり」っていってくれるから早く帰らなくちゃ行けないの。
パパはさびしがり屋だから待たせちゃったらかわいそうだからね。
それにパパはわたしの事が本当に大すきでこまっちゃうの。
いつもことある事にほっぺにちゅーしてくるし。まぁわたしもパパのことはカッコイイから大すきだけどね。
ともだちからも「あいりちゃんのパパってイケメンだよね〜わたし大すきなの。わたしのパパとこうかんしてほしい」ってなんかいも言われてるの。パパはわたしのだからはるきちゃんにはあげないけどね。
「あっ、パパ!」
そんなことをかんがえつつ大きな橋、ほどうきょうって言うの?をわたっていた時、パパがりょう手にふくろを下げてる所を見つけた。
「愛梨じゃないか、学校はもう終わったのかい?」
パパはやさしく目をほそめ、わたしの頭をなでてくれる。少しはずかしいけど心地いいの。
「うん!きょうね!短いべんきょうですぐに終わったの!」
「あぁ、なるほど。短縮授業だったのかい。でもね愛梨、そういう大切なことはもっと早めにパパに言って欲しいな」
パパはこまったようにほっぺたをぽりぽりかく。パパのこういうしぐさがかっこよさをうわのせさせるんだろうなぁ。
「ごめんなさい!つたえるのすっかりわすれてたの!」
わたしは大きな声であやまった。
むかしからわるいことをした時はしっかりあやまりなさいってパパが教えてくれたから。
そうしたらパパは2つに持っていたふくろを1つの手にもちかえてわたしに手をさし出してくれる。
パパはいつもわたしと手をつなぎたがるの。かわいいでしょ。
「ねぇ、パパ?せっかくきょうは早くかえってこれたから少し遠回りしてかえらない?」
わたしはパパにそうおねだりする。
わたしとパパがいっしょに歩いてるすがたを見るとみんな「絵になるわね」「すてき」って言ってくれるの。
だから歩いているところをみんなに見せてあげる。わたしはかわいくてパパはすっごくカッコイイから当たり前なの。
「ん?もちろん良いよ。それじゃあ普段通らない道から帰ろうか」
パパはそういうとほどうきょうから下りてせまい道を通っていく。なんだかぼうけんしてるみたいだわ!
そうしてしばらく歩いた時、とびっきりにきれいなちょうちょが目の前をとんで行ったの。わたしはおもわずおいかけてしまった。
その時、ドンってだれかにおされたの。それにこくばんを引っかいたみたいな音がしたわ。
それでわたしはそのままころがってひざをすりむいてないちゃったの。
いつもならすぐにパパが「だいじょうぶ?」って声をかけてくれるのにきょうはかけてくれない。
「おい!大丈夫かアンタ!!」だれかが大きな声を上げてだれかを見ている。
大きな車の前にパパと同じふくをきている男の人が赤い絵のぐを出してたおれている。
あの人の顔は良く見えないけどゆがんでいてかっこよくない。パパはどこ?わたしのカッコイイパパはどこに行ったの?
「……り、……いり……あいり!」
私は友人に揺さぶられ起きる。
そして辺りを見回して理解した。どうやら私は学校で居眠りしてしまったらしい。
「どうしたの愛梨?なんで泣いてるの?」
彼女に言われて気づく、突っ伏していた机が僅かに濡れている。
「ちょっと昔の嫌な夢を見ちゃってね」
「……もしかしてお父さ」
「やめて!」
私は自分でも驚くぐらい大きな声を出してしまった。
「パパはあの時死んだのよ。今一緒にいる人はあくまで代わりの人よ。パパではないわ」
「私は……私は変わらず愛梨のパパが好きだよ。あの事故以降、更に素敵だなって思うよ」
「それをあの人に言ってるんだと思うと貴方の趣味だけは理解できないわ。良い?あの人はあの時からイケメンじゃなくなったの。顔を怪我して、何針も何針も縫ったのよ」
私がそう言うと彼女は怒った顔をする。
「それでも愛梨パパは愛梨の1人だけの家族なんだよ!?貴方を守ってくれた人なんだよ!?」
この話題になると彼女は決まってそう言う。別に私は守って欲しいなんて頼んでないのにいつも私が攻められる。
それに正直、事故が起きたことなんてもう覚えていない。お医者さんが言うには心理的ショックにより記憶がどうたらってことらしい。
だからずっと私はこう思っている。「パパが勝手に事故を起こしたのを私のせいにしているのでは?」
そう思ってから更にあの人に対して嫌悪感を抱くようになった。
「例えそうであってもパパはあの時死んだの。それは変わらないのよ」
「……そうなんだね。愛梨はそうやって逃げるんだ。でも絶対、絶対にまた仲良くさせて上げるからね」
彼女はそう言うと足早に帰って行った。なんであの子はいつもあの人の肩を持つのだろうか?
ん?というかもう放課後なのか、私も帰ろう。
「ただいま」
「おかえり愛梨」
私が帰宅するなりこの人は声をかけてくる。そしてそのまま私は無視をし、部屋に入る。その時視界の端に彼の顔が映る。
とても悲しそうで苦しそうな表情をしていた。が、私と目が合うと笑顔で手を振ってきた。少し胸が痛むがそれ以上に私の心は傷んでいる。自分だけが辛いと思わないでよ。
とはいっても彼に同情する所もある。多分だけど顔が良いから沢山の人と関わる仕事をしていたのに今はずっと家にいて、パソコンをカタカタ鳴らす仕事に変わっている。周りから好奇の目で見られ、娘からは嫌われている。可哀想な男の人。
そう思いながら私はスっと眠りについた。
「ねぇ愛梨!今日家来ない?」
「え……なんで急に?」
一日の授業が終わり、今から帰ろうって時に友人に声をかけられる。この子はまた何かを企んでいるのだろうか。
「まぁ、別にいいわよ」
「やったぁ!」
彼女は大袈裟に喜び周り、クラスのみんなから変な目で見られる。恥ずかしい。
「さ!今から行こう!」
彼女はそう言って教室から飛び出したので私は慌てて追いかけることにした。
「ねぇ、あんたの家ってそもそも何処なのよ」
「え!?何回も来たことあるじゃん!……あっごめん」
「……いいよ、気にしないで」
私達の歩く道に気まずい空気が流れる。
「……えっとね、私達の中学校から徒歩10分ぐらいの所だよ」
彼女は沈黙に耐えかねて口を開く。案外近いのね。
「さ、それじゃあ早めに行きましょうか。人の家に行くのも久しぶりだからね」
そう言って足を早めると彼女は嬉しそうに「うん」と頷き私の先を歩いていった。
「ここが私の家だよ!」
そう言う彼女の家は普通という言葉が似合いすぎるぐらいに普通だった。
私の家に較べて一回りほど小さく、壁の色も少し剥げている。
「失礼かもしれないけど、凄く普通ね」
「当たり前だよ!私は愛梨のとこと違ってパパが普通のサラリーマンだもん!だから愛梨は自分のパパに感謝しなきゃ!!」
またこの話だ……とは思うけれど何不自由無く暮らせているのはあの人のおかげ、それは一理ある。
「まぁ、とにかく家に入ろうよ!」
彼女はそう言うと勢いよく玄関を開けた。
「パパ!ママ!ただいま!」
え、両親が居るなんて聞いてないんだけど!?
「「おかえり〜」」
その声と共に出てきたのは凄くほわっとした人達だった。見るからに優しそうで幸せそうな顔をしている。
「えっと、お邪魔します」
私は困惑しながら挨拶をすると
「愛梨ちゃん久しぶりだね」
「会いたかったよ」
そう声をかけてくれる。けれど私はこの人達のことを全く覚えていない。申し訳なくなってくる。
「パパ!ママ!」
彼女が怒ったように2人を呼ぶ。
「あら、ごめんなさい」
「そうか、そうだったね」
不意に頭を撫でられる。
「ずっと独りで頑張ってたんだよね。偉いよ」
2つの温かな手が心の奥を撫でる。その久しぶりにされた優しい行為にふと何かが頭の中に走る。
「愛梨は偉いね」「頑張ったね」「大丈夫かい?」「大好きだよ」
「愛梨!危ない!!」
忘れていた記憶とパパの温かさを思い出した。そして色々な感情が濁流のように押し寄せてくる。
「やっぱり私のせいだったんだ」
私は立っていられなくなりまだ玄関なのにも関わらずその場に座り込む。
あの事故でパパを傷つけて、その後もずっと、今もずっとずっとずっとずっとパパを傷つけた。助けてくれたのに、育ててくれたのに顔が変わっただけで私は……
「愛梨ちゃん」
彼女のパパが優しく声をかけてくれる。
「あんまり自分を責めちゃダメだよ。愛梨ちゃんが悪くないとは言わないけれど、君のお父さんは当たり前のことをしたんだ。親というものは何よりも子供が大切で、自分達よりも幸せに長生きして欲しいものなんだよ」
私の目をしっかりと見て更に続ける。
「とはいったものの実際私が娘の為に命を張れるかと言われれば少し迷ってしまう。最低なのかもしれないけれどやっぱり死ぬのは怖いからね。だから、だから愛梨ちゃんのお父さんは誰よりもカッコイイよ。そして今までの事をちゃんと後悔できている愛梨ちゃんは素敵な娘だ」
私はそんな子じゃない。最低な子なんだ。だから、だから早くパパに謝らないと。
「すいません。もう帰ります」
私は帰る為に玄関扉に手をかけた。
「愛梨!今度はちゃんと私の部屋まで遊びに来てね!約束だよ!」
いつの間にか家の中に入っていた彼女がそう叫ぶ。
「そうね!今度はちゃんと遊びに来るわ!はるき!」
私がそう言うと彼女の大きな瞳が更に大きくなった。
「それではお邪魔しました」
私は家に帰るために全速力で走った。
「良かったね。はるちゃん」
ママがそう言って私の頭を撫でる。愛梨がまた私の名前を呼んでくれた。あの日からずっと冷たくて素っ気なかったあの子がまた私の家に来てくれるって、遊びに来るって。
「ママぁ。パパぁ」
やっと仲直りしてくれる嬉しさとこれまでの苦労、色々な感情の元で私は泣いてしまった。早く仲良くなってね。
「憂鬱だなぁ」
僕は今仕事先の社長である人物の家に向かっている。あの人いつも僕と娘の関係について口を出してくるから苦手なんだよな……
「今何時だろ」
ポケットを探るがスマホが出てこない。しまった、家に忘れてきた。まぁ忘れてきたものは仕方が無いし早く社長の家へ向かおう。
「やっぱり何回見ても社長の家ってデカイな」
そんな豪邸のインターホンを鳴らす。
「待っていたよ」
と社長が一瞬で現れた。
「さぁ入ってくれ」
社長に誘われるがままに足を踏み入れる。
「お父さん!いい加減にして!」
急に怒号が飛んできた。なんだなんだ。
「ちょっとすまんな」
そう言うと社長は沢山ある内の1つの部屋へ入っていった。
「客が来ているのに何を騒いでいるんだ!」
「だってパパいつも私の服をダメにするじゃない!洗う時はちゃんと分けてっていつも言ってるでしょ!!」
「分からんのだから仕方ないじゃないか!そんなに言うならお前がやれば良いだろう!」
「私は学校で忙しいの!」
騒がしいと思いつつも少し羨ましいと思ってしまった。娘にしっかり言える社長もそれに反抗する娘も何か親子って感じで。
そうぼーっと考えるうちに喧嘩が終わったようで彼が帰ってきた。
「待たせてすまんね」
「全然大丈夫です。それより1つだけよろしいですか」
僕は気になったことを失礼を承知で聞いた。
「こんなに激しい喧嘩をするのに娘さんのことを愛しているのですか?」
社長はいつも娘が可愛い可愛いと自慢してくるので少し疑問に思ってしまった。
「君は自分の娘を愛していないのかね」
彼がムスッとした顔で尋ねる。
「あっ、そんなつもりじゃ」
「私は今君に質問しているのだよ」
そう言われても分からない。
「正直、わからないです。社長もご存知の通りあの事件以降もう何も分からないのです」
俯きながら私はそう答えた。
「私はな、私は娘に何をされようと愛していると胸を張って言えるよ」
その言葉に驚きながら彼を見るとニッカリと笑った。
「私も君と同じで妻を早くに亡くしているんだ。だから娘は嫌でも私に頼ることしか出来ないんだよ。まだ中学生なのにだ、沢山の可能性があったのにその中の大切な母親からの愛が受けれなかったんだ」
彼の表情が曇る。
「だから私は娘がなんと言おうとどれだけ嫌われようとしっかり育て上げなくてはならない。大切な、大切な一人娘をな」
僕は自分が恥ずかしくなった。数回話しかけただけで娘に嫌われると分かり怖くなった自分に。
「それにな、今は嫌われていてもきっと娘が大人になる時には私の愛にしっかりと気づいてくれるはずだ。そう思えばなんにも苦ではないよ」
そう言うと彼はやっぱり笑った。
「行きなさい」
僕がずっと黙っているのを見守りつつ背中を押してくれる。
「すいません社長。せっかく呼んでいただけたのに」
「いいんだよ。早く行きなさい」
僕は社長に頭を下げ走った。
「パパ……パパ……!」
私の家ははるきの家から走って10分ぐらいの距離にある。体力的にはとても厳しいけれど今はそんな甘えたこと言ってられない。早くパパに会いたい。
息もたえたえになった頃に家が見えてきた。勢いよく玄関の扉を開け、靴も揃えずにリビングに入る。
「パパ!ただいま!」
いつもならすぐに声をかけてくれるのに今日は声が聞こえない。どうしてなの。
ふとリビングのテーブルにパパのスマホや財布が置いてあることに気がついた。悪いと思いながらもスマホの電源を入れる。
「嘘……」
ずっと昔に撮った私とパパの写真が待ち受けにされていた。パパはずっと私のことを愛してくれていたのに……私は……私は……
いけない、今こんな所で弱気になっていても仕方ない。パパを探さないと。
そうして私は嫌な胸騒ぎと共に、ある場所へ向かった。
ここに来たのはもう10年前程になるだろうか。僕は社長の家から帰る途中忌々しい事故が起きた場所に来ていた。
今思えばここは道幅が狭く、建物で小さい子供のことなど見えない造りになっている。
もし僕がこの道を選ばなければ、今も娘は僕のことを好きでいてくれただろうか。
もしあの時僕がもっと早く守ってあげれていればこんなことになっていなかったのだろうか。
そう考えながら立っているうちにけたたましいクラクションが響く。
すぐに避けようと思ったがそんな気力がわかなかった。社長の言葉を聞いて歩きながら考えたが結局僕は親失格なのだ。生きている価値など……
「パパ危ない!!」
そう思っている時に何かが僕のお腹に飛んできた。そしてキキーッと耳に残る嫌な音がなり、「危ねぇぞコラ!」と怒鳴り声が聞こえた。
意識が覚醒し飛んできたものを見ると娘だった。僕は今この子に助けられたのだ。
娘は僕の胸に顔を埋めながら「ごめんなさい。ごめんなさい」と懺悔するように泣いている。まただ。またやってしまった。また僕は彼女を悲しませてしまった。
「ダメな父親でごめんな。愛梨の好きな僕じゃなくなってごめんな」そう言葉にすると僕の目からも大粒の涙が零れた。
「お父さん」
「はい」
暫く2人で泣きあったあと無言で家へ帰り、その後すぐに娘からリビングへ呼び出された。
「今までお父さんのことを無視したり、酷いことを言って本当にごめんなさい」
そう言って愛梨は頭を下げた。どうしていいかあわあわしていると彼女は笑った。
「今更都合の良いことを言っているのは分かっているつもりだけど私はやっぱりパパが好きです」
僕はその言葉を聞いて嬉しかったのと同時に罪悪感を感じてしまった。
「愛梨ありがとう。僕も君のことが大好きだよ。だからこそ僕の方こそ本当にごめん。君に嫌われるのが怖くて歩み寄れなかった。本当にしんどい時に君の力になれなかった」
僕がそう言うと彼女はふっと笑って「それじゃあお互い様ね」と微笑んでくれた。
そうして僕と娘は久しぶりに笑いあったのだった。
「社長。この前は本当にありがとうごさいました」
僕は娘との喧嘩が終わって数日たった頃、また社長の家へ訪れていた。
「いいよ。それで仲直り出来たのかい?」
「はい。しっかりと」
そう答えた時に僕のスマホが震えた。
「出てもいいよ」
「すいません」
「待ち受けが娘とのツーショットか……」
彼が電話に出た時にちらっと待ち受け画面が見えてしまった。
顔をくしゃくしゃにした彼と慈愛を感じる女の子が映っていた。
「娘に好かれる君は良いなぁ……」
「ちょっとお父さん!何回言えば……!」
そして今日も娘から怒られていた社長なのであった。
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