side 隆二

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side 隆二

「残念だなぁ」  狭いベランダにぎりぎりで2つ並べたキャンプ用の椅子に座っていた隆二の隣で郁人はぽつりと呟くと雲が覆い星さえ見えぬ暗いままの空から視線を下ろし水滴を纏うグラスに手を伸ばした。  数日前からニュースを騒がせていた天体ショーは二人そろっての在宅勤務日だった。 だから郁人がちょっと良い日本酒とちょっと良いおつまみとちょっとお洒落なグラスをお取り寄せして今日の日をずっと楽しみにしていたのを知っているから隆二は苦笑したまま、そのほんのり色付いた頬に、そして、まだ傷の癒えないうなじに唇を寄せた。 「天気だけは仕方ないよ」 「せっかく二人で楽しみたかったのに」 「次は一年半後だっていうから、その時に仕切り直せばいいだろ?」 「むぅー」 頬から項に、項から唇に。 寄せる唇はだんだん欲望混じりに深くなっていく。桜色の唇の隙間から舌を擦り込ませ郁人の口内をたっぷり舐め上げれば郁人の甘い香りだけが隆二の中に抜けていく。 「……あれ?それ酒じゃないの?」 感じた違和感に郁人のグラスを指差す。隆二のグラスの中は先程口をつけた時、確かに香り高い辛口の日本酒だった。 「うん。今日は……」  笑って答える郁人の耳や項が真っ赤に染まっている。こういう時の郁人は何か可愛い事を企んでいるか隆二に甘えたい時だ。 数年前に不惑を迎えた隆二と二十代になったばかりの郁人は親子と言っても良い歳の差だが、だからこそ歳の離れた番のあまりの可愛さに、そんなに飲んだ訳でもないのに隆二は酒が一気にまわっていくのを感じる。 思わず郁人を強く抱き寄せ、ぺろりと項の絆の証に舌を這わせれば郁人の身体がひくひくと震え心が安らぐ香りが隆二の胸一杯にひろがった。 郁人は本人が思っている以上に、いや、何十倍も何百倍も容姿も性格も全てが魅力的な人間で、良くも悪くもいつも無意識に人を惹きつけ離さない。出会ってからの三年間郁人の『大丈夫だよ』という言葉に何度隆二はヒヤヒヤし、何度心配になり、何度隠れて手を回したことだろう。 今宵のメインイベントの筈だった天体ショーは主演の月の女神のあまりの美しさに嫉妬深い雲の王子がその手で姿を隠してしまったようだ。 愛しいから見せびらかしたいし、愛しいから隠したいという、その気持ちを今の隆二は痛いくらいによくわかる。 手元のスマホで天気サイトを見れば今宵、この地域の雲は月を朝まで手放すつもりはないらしい。ならばゆったりとした蜜時を有意義に活用する為、隆二と郁人も少し早いがベッドで語り合うのが一番だろう。 両手で抱きかかえた郁人を連れ、隆二はまだ調えて三ヶ月目を迎えたばかりの寝室へと向かった。
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