side 隆二

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「雨だな」 久しぶりの出勤日の朝だ。ベランダに出て見上げた空は昨夜の曇り空も納得のシトシト雨を振らせてくる。 この様子だと梅雨入り間近だろうか。 昨夜、隆二が可愛がり過ぎたせいで、隆二が目覚めた時、郁人はまだ夢の中の住人だった。今日は休みだといっていたから起さない。いや、起きれないようにしっかり抱き潰してある。 昨日の『話』の続きは今日帰ってから聞けばいい。いつもとの違和感に昨夜のうちに知人の店に手枷や足枷の注文メールは入れてあるから帰り道に寄ってくればいい。 できれは使わないで済めばいいと思う自分と、やっと監禁できると喜ぶ自分が共存している。まるで昨夜の雲のような自分に苦笑いしながら、部屋にもどる。 そろそろ出勤時間だ。 鍵をかけてレースのカーテンを引くと雨音が少し小さくなる。 「っ!」 振り向いたリビングにはまだベッドから出られない筈の郁人が白い肌にシーツだけを羽織って妖精の様にフラフラと立っていた。 「おはよ」 「おはよう。今日は仕事休みだろ?もう少し寝てなさい」 シーツに隠れきれていない首から鎖骨胸にかけて隆二が付けた赤い印が沢山残り、太腿から膝にかけての内側には白濁が垂れていて細い足首を伝って郁人の足元の床に水溜りを作っている。 雨空の薄い光の中で夜の艶めきをそのまま放つ郁人は青空のなかの儚い白い月を思わせる。 「今日、病院いくから」 約束を破って激しく抱いた事を怒っているのか隆二の言葉に郁人は自身の今日の予定をはっきり告げるだけだ。 「調子が悪いのかい?」 いくら激しくとも愛しい番である郁人に対し身体を壊すような抱き方はしないし、昨夜もしていない。ならば体調不良かと考えてみれば、確かに昨夜の郁人は酒を飲まなかったし、ここの所、体温が高かった。発情期が近いせいかと思っていたが違ったのかと病気の可能性に気が付き隆二は冷水をかけられたかのように一気に血の気がひいていく。 「し、心配しないでっ!い、いつものバース科にいくだけだからっ」 「そ、そう?薬か何か?」 病気でないと言われても、いつものかかりつけのバース科と言われても一度気が付いた病気の可能性に郁人の最近の体調と一般的に知られる病気の症状を一気にあてはめていくのを隆二はやめられない。 心配すぎる。今日は急遽休みにしようかと隆二が上着の内ポケットから携帯を取り出すと、慌てて郁人がその手をとめた。 「ま、待って!休まなくていいから!」 「いや、しかし……」 「あー。……もう……んー」 隆二の行動を押し留めた郁人は暫く思い悩む声を出したあと、深々とため息をついて、耳朶と首筋を真っ赤に染めて隆二を真っ直ぐ見つめてきた。 「ねぇ、隆二」 「なんだい?」 「休むんだったらさ。来月になったら、なんだけど、さ」 「うん?」 「一緒に役所に行きたいんだけど」 「え?」 「だっ……だ、だから区役所っ!」 どうして今日の病院が来月の区役所にかわるのかわからず思わず首をかしげて郁人を見つめる。 「今日病院に行ってからって思ったけど……」 「やっぱり体調が?!」 病院に行ってからと言う郁人の言葉に不安が再び湧き上がる。役所で手続きが必要なほどの病気ということかと隆二は郁人の両肩を強く掴んだ。 あの日。 白い月が水面にうつっていた日。 出会った日。 隆二は郁人を穢し、地上に繋ぎ止めたのだ。 だからもう神様と言えど郁人は天に返さない。 肩からその細い身体を抱きしめようと手を離した瞬間、スルリと郁人が隆二の前から身体を滑らし一歩後ろに下がる。 「……多分……居るから……」 「へ?」 俯きそう呟くと同時にバタバタとキッチンに郁人がかけていくのを視線で追う。キッチン脇の引き出しからなにかを取り出し、戻ってくると、郁人はそれを隆二に差し出した。 差し出された白いスティックを見ればそれには赤い線が表示されている。 知識としては見た事があるそれは思ったより小さいが与えられる情報のインパクトは果てしなく大きい。 「多分っ!俺の腹ん中にいるんだよっ!隆二の子供!!だからバイクは暫く乗れないし、移動手段は車になるし、次の月食は3人なんだよっ!」 「!!」 ドロドロに汚れた跡のあるシーツの上から押えられた郁人の薄い腹に視線を向けて、その後に言われた言葉と先程の赤い線が意味する情報が追いついてくる。 「今日、病院に行って確認してくるっ!けどっ!!Ω用の母子手帳貰う前に、せ……せ、籍……いれ、たい……。隆二とおんなじ苗字で赤ちゃんを迎える準備、したいんだ」 全ての情報を理解する前に両目から涙となって感情が溢れ出し、目の前の郁人を強く抱きしめ沢山沢山口付ける。 「嬉しい」 「ありがとう」 「愛してる」 嬉しくて嬉しくて涙と口付けと言葉が止まらない。 「ほら遅刻するよ」 「病院は一人しか入れないから」 「結果はすぐにメールする」 郁人に追い出されるまで隆二は郁人に縋り付いていた。 来月は6月。 その意味を噛みしめる。 初めて会った日からずっと感じていた。 郁人と過ごす日々は色鮮やかで美しく幸せだ。 けれど今は更に梅雨の雨も夏の日差しも秋の風も冬の寒さも待ち遠しい。 傘をさした隆二は帰り道のケーキ屋の場所を思い浮かべながら職場に向かう。 職場が徒歩の距離で良かった。 妊娠中だって何かあればすぐに家に戻れる。 郁人が病院に行くのは昼前だというから昼頃には連絡がくるのだろうか? 早く仕事を片付けて早退したい。 させてほしい。 そうだ、二十年以上自分からは連絡していなかったが今回だけは特別だ。兄にも教えてやろう。 今日は最高に忙しく最高に幸せな一日になるだろう。 見上げた空は灰色の雲に覆われている。 この雲に守られた遥か上空、晴天の中で今日も月は微笑んでいるのだろうか。
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