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side 郁人
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玄関が閉まるとすぐに郁人は昨夜、隆二が脱ぎさってそのままになっていたシャツを掴み羽織るとベランダにでた。もともとベランダの内側は外からの人目に付きにくい構造にもなっているし、体格差から隆二のシャツの丈は郁人の膝下までいくから愛しい人に愛された身体を他人に見られる事もないだろう。
まだ膨らみもしていないが、愛しい人の子供の居るであろう場所を優しく撫でながら見下ろした登り坂の歩道に隆二の緑色の傘が嬉しそうにくるくる回る。
郁人にとって隆二は暗闇にあらわれた道しるべ。
暗闇を照らす唯一無二の光だ。
昔より改善されたと言っても男性体のΩへの差別はまだまだ残る。
特に田舎は酷い。田舎で生まれ育った郁人は二次性がΩと判明したした時点で親から縁を切られ家から追い出された。
親戚も知人も居ない縁もゆかりも無い土地でΩ向けの奨学金制度とお役所のΩ向けバイトで食いつなぎ高校大学と進学した。
虐げられた記憶にαの番になるという選択肢は消え去っていた。
他人の手ではなく、自分の手で幸せにならなければならないと思っていた。
だから役所からどれほど推奨されようとお見合いやマッチングに登録しなかった。
だが大学卒業を一年先に控えた春。
男性体Ωという性が全ておいて邪魔をした。
目の前の希望が全て消え去ったと思った。
絶望し死に場所を求め片道切符のつもりで出かけた最後のツーリング。
あの日。
真っ暗闇だった郁人の人生に唯一無二の美しい月が現れた。
輝き照らし道を指し示してくれた。
『運命』とか『番』とか関係ない。確かにそれも感じたけれど、隆二はちゃんと男性体Ωではなく郁人自身を見てくれていた。
頑張る郁人をΩだからとたしなめるのではなく、頑張ったと褒め、頑張れと応援してくれた。
隆二は郁人が鈍感だ危ないとよく言うが、隆二だって彼が思う以上に魅了的なαで、沢山のΩが彼を狙っていた。
心が求めるままに隆二と同棲し、番になる事を受け入れたものの籍を入れるのだけは郁人は同意できなかった。
男性体Ωの妊娠率は女性体Ωやβ女性よりも低い。三年間、常に隆二の熱を胎内で受け止めていたのに郁人は妊娠しなかった。
将来、隆二が子供を求めたら身をひこうと思っていた。例え項を噛まれたΩが番のαから捨てられれば狂うと知っていても。
だからいつの日かこの幸せな時間が終わってしまっても平気なように籍を入れないでいた。
でも、多分、この子は番になった夜、宿った子だ。
よく考えてみれば同棲するまで発情期に交わった事はなかった。ならば問題は解決だ。
やっと戸籍上も彼の番になれる。
その嬉しさに思わず腹を撫でながら郁人はうっそりと微笑んでしまう。
やっと美しい月の様に迷う人々を無意識に導く彼を郁人は独占できる。
昨夜の雲のように、郁人はやっと輝く彼を、雲になって包み隠せる。
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