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「少しゆっくりして、帰る準備しようか」
満足ゆくまで朝食をたらふく平らげたアヤは、リョウに向かって穏やかに言った。大きめの茶碗大盛り二杯の白米と、野沢菜漬はどれだけ食べたかわからない。白米なんてどれも同じだと思っていたが、今朝の白米は格別だった、とアヤは反芻する。綺麗な空気と水が育んだ米だからというのもあるが、ひとりで食べるのとはまた違う別の要因があるのかもしれない。
「え? 今からハイキングやで?」
美味を思い出してほっこりしていたのもつかの間、リョウのそんな発言により目を剥く羽目に。
「何それ」
「上高地に来たらそら、な!」
「意味がわかるように答えてくれる」
アヤの声がワントーン低くなったので、リョウが慌てて説明に入る。
「あ、えと、上高地と言えばハイキングやねんで」
そう言った途端、アヤにはありありと拒否の色。
「大丈夫! 近くまではバス出てるし」
「結局バスに乗るのかよ」
麓のシャトルバス乗り場は、さながら大都市の高速バスターミナルのよう。人も多く賑わっているが、やはり例年よりは少ないそうだ。麓でも充分山の中で、緑に覆われた閑散な大自然に身を置いていると実感する。気温もホテルの周辺よりはかなり低く感じる。その冷たさが心地良く、澄んだ空気をより一層引き締めている。
バスの中ではしばし仮眠のふたり。満腹に心地良い揺れ、さらにはまだ昨夜の疲れが残っているのかもしれない。
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