最後に僕らは何をする

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最後に僕らは何をする

「ねぇ、覚えてる?」 「何を?」 夜の肌寒い風が僕らを海の方へ運ぶように吹いている、砂浜で隣に座っている海音(うみ)はこちらを見ずに海を真っ直ぐ見つめながら言った。 「最初にこの海に来た時の事」 「何年前だっけ、もう10年くらい前だよね」 僕は何年も前の最初にこの海に来た時の事を思い出そうとした、確か僕たちが10歳になるかならないかそのくらいの話だ。 今では考えられないが僕らが会った時は海音はとても暗い顔でずっと俯いているような子だった、でも施設の窓から外を眺めている時の海音はとても強い眼差しで空を見ていた、それがどうしても気になった僕は施設を海音と抜け出してこの海へと連れてきた。 施設から遠くない子供の足でも30分くらいの距離にある小さな砂浜と海。それが今いる海だ。 施設でろくに会話もしてない僕たちだったが僕が強引に海音の手を引っ張りここに連れて来たのだ。 「あの時の言葉にさ、救われたんだよね私」 「そんな心に響くような事言ったっけ?」 「いや、ただの普通の言葉だよ、でも春樹(はるき)の言葉で私は救われた」 ちらりと海音がこちらを見る、暗闇の中でも可愛らしい顔が良く見えるような気がする。 「本当なのかな、明日地球が無くなるって」 「どうだろうね、でも隕石が地球に衝突するのはどうやっても回避出来ないらしいよ、ニュースでずっとやってた」 こんな呑気に夜の海を眺めている時間は本当はない、何ヶ月も前から明日地球に隕石が衝突すると言われているからだ。 どんな天文学者もどんな科学者も隕石衝突を防げないと宣言をし、世界中がパニックで溢れている、そんな中久しぶりに連絡が来た、『またあの海を見に行こう』そのたった1文で誰だか分かってしまう。海音しかいない。 僕たちは施設で出会い育った、僕は親から虐げられていた所を保護され施設にいた、何ヶ月か後に親を事故で無くした海音が施設に預けられる事になって海音が来た。海音は親が死んだ事を上手く処理出来ていなくずっと親が迎えに来てくれると思っていた、ずっと来ない人からのお迎えを待っていたのだ。 家族というものがよう分からない僕にはその気持ちは分からなかった、逆に僕は親がまた来た方が怖いとすら思っていた。でも外を眺めているその眼差しがとても強くてきっと笑った顔はもっと素敵でもっとキラキラと輝いているんだろうと思った。そう思う程の芯の強さが彼女にはあった。 「この海に連れてこられた時はびっくりしたし迎えは来ないなんてハッキリ言うんだもん、春樹の第一印象最悪だったよ」 苦笑いを浮かべ思い出すように言う海音に僕は少し恥ずかしくなる。 「どうやったら君に分かって貰えるか色々考えたけどそれしか出てこなかったから…」 最後の方なんて聞こえるか分からないような小さな声で僕は言う、「でも」と海音の綺麗な声が僕の言葉を遮る。 「それでやっと受け止められたよ、だから感謝してる」 そうとても柔らかい笑顔と声で僕に向かって言う。 「だけど神様は理不尽だよね、始まりは自分たちが行動しないと始まらないのに終わりは突然来る」 また顔を海へ向けた彼女が言う、幸せな毎日を手に入れる為に必死にもがいて生きている僕たちに神様はいつも残酷なのだ、突然全てを奪って終わらせてしまう。 「ねぇ、春樹、まだ私の事好き?」 「君以外を好きになった事はないしきっとそれはこれからも変わらない」 「明日地球が無くなっちゃっても?」 「うん、君を好きな気持ちだけは変わらないよ」 そうハッキリと言い切る、その言葉を聞いた海音はまた穏やかに微笑んだ。 「本当に神様は突然終わりを告げてくるね」 「そうだね」 「私も春樹が好きだよ、ずっと好きだった、そしてこれからも」 「………」 「例え地球が無くなって私たちが消えてしまってもきっとこの想いはどこにも消えないよ」 星々が海を輝かせている、穏やかな波を静かに見守っている僕ら。例え地球が無くなっても、僕たちがいなくなっても、ここにいた事実は消えないしこの感情も消えない。 「海音はさ…こわくないの?死ぬ事が」 僕は小さく言う、海音と同じく穏やかな海をただただ眺めながら言う。 「こわいよ、本当はすごくこわい、それでも春樹と一緒ならなんだって大丈夫な気がするんだ」 その言葉が耳に入ると僕は少し顔を海音の方へ向けた、海音の表情は幼いあの時の外を眺めている時と同じ強い眼差しで海を見ていた。 海音は自分の弱みを見せたがらない、でも表情で声で目線で強い想いを全て語っている。そんな所も僕は好きだと思った。 「きっと終わりは一瞬なんだと思う、たった一瞬で全て無くなる、だからこわさなんて本当は無いのかもしれない」 やっぱり海音は強い、こんな時でも自分という芯を崩さない。僕には到底無理だと思う事を海音は成し遂げる、それだけ目に見えない強さを持っている証だ。 「ねぇ、海音…、覚えてる?」 「…覚えてるよ」 「これからも覚えててくれる?」 「当たり前じゃん、私の記憶力なめないで」 僕らがここにいた証を僕らは忘れない、永遠に覚えて消えはしない。神様の意地悪な終わりすら消せない僕らの想い。 「だいぶ冷えてきたね」 「夜の海は流石に夏といえ寒いよ」 「ははっ確かに、……最後に過ごす夜が春樹と一緒にこの海を見る事でよかった」 ゆっくりと暗闇が明るくなる、それが朝日なのかそれとも隕石が近付いているのが原因か、それは定かではないけれど。 「大好きだよ」 僕の最後の記憶はどんなものより優しく輝いていてそれでも強い海音の涙と笑顔だった。 地球最後の日に僕らは消えない想いをいつまでも覚えていると誓った。
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