新居編 13 鍋パーティー

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 人を招くのって、ワクワクしてしまう。  味噌鍋にスパークリングワイン、日本酒も用意して。 「拓馬、このグラスを持っていって」 「あ、はいっ」  しかも招くのが雪隆さんに、環さんなんだ。引越し祝いをしてもらえる、なんてさ。もしかしたら、これからずっと、その、付き合っていく間柄になる……かもしれない人たち、なんだ。 「拓馬?」 「は、はいっ」 「顔が赤い、熱がある?」 「へ? あ、いえっ」 「そう? 無理してないか? ずっと引っ越しで忙しかっただろう?」  体調を心配してくれてる。平気です。熱なんてないよ。でも、熱、あるのかもしれない。ほら、のぼせ上がってるっていうか。 「本当だ。なさそうだ」 「!」  二人で暮らすことにも、うちに敦之さんの弟さんを呼ぶことにも。だって、最初、俺は認めてもらえてなかったでしょう? あの時、敦之さんの活けた花の前で話をした時はこうして、親しくしてもらえるなんて思ってもいなかったんだ。 「可愛い顔をしてる」 「え?」 「抱き締めたくなる顔をしてた」 「!」 「雪隆たちにはあと数時間ずらしてもらおうか」 「なっ、ダメですよ!」  そこで残念そうな顔をして、敦之さんがとても楽しそうに声に出して笑った。引き寄せてキスをして、俺の今朝も寝癖がすごかった髪を撫でた。そこで、チャイムが鳴って、ついに、雪隆さんと環さんが少し早くにやって来た。 「最近、ずっとその顔なので、もう少し引き締めてもらえませんか? ずーっとヘラヘラヘラヘラ」  内緒だけれど、よく敦之さんが真似をするしかめっ面で雪隆さんがそう言うと、味噌鍋のお豆腐をパクりと食べた。 「仕方ないだろう? 楽しいんだから」 「す、すみません」 「貴方が謝る必要はないです…………でも、まぁ、いいですけど。幸せボケをしてくれてるので、どんなスケジュールでも楽しそうにこなしてくれますから」  あ、なるほど。そういうことか。  」じーっと、俺と角を挟んで座る敦之さんを見て、お説教が多分、終了した。 「あ、そうだ、明日は休みですが、明後日は講演会と雑誌の取材も入ってます。夜には明明後日からの展示の準備があるので」 「あぁ」  ほら、こんなふうに激務もこなしてくれるからと雪隆さんが見せてくれた。確かに、忙しそうなのに、楽しそうだ。 「でも、雪もかなり喜んでるんだぜ? 今日だって、二人が喜びそうなアイスを買うって張り切ってたし。わざわざ遠回りになるのにアイス買いに行ったりして」 「んなっ、環さんっ!」 「あはははは」  恋人同士なんだって。雪隆さんと環さん。お似合いだなぁって思う。綺麗な人と、かっこいい人。どちらも頭が良くて、仕事をしっかりできていて。 「なんだ。そうなのか? ありがとう。あとで四人で食べよう」 「別に、兄さんのためではないですから。僕が食べるなら美味しいアイスがいいというだけです」 「なるほど」 「聞いてます?」  兄弟。あんまり似てないと最初思ったんだ。背とか全然違うし。でも、たまにやっぱり兄弟なんだなぁって思う部分があったりし。顔は、もうとにかく美形。お母さんがモデルをしてて、今は小説家なんだって。すごいよね。そんな才能溢れる感じ。二人もそうだけれど。顔だけじゃなく、いろんな部分が親譲なんだろうなぁ。 「この日本酒美味いな」 「あぁ、それ、美味いだろう? ずいぶん前だが出張した先で飲んで、それ以来、日本酒はそればかりだ」 「へぇ」 「これも美味いよ。ワインセラーで冷やしてる」 「ワインセラーで?」 「あぁ、あるんだ。日本酒も保存できるのが」  言いながら二人がキッチンへと向かった。そういうのに興味があるところとか、なんか、お酒を冷蔵庫で冷さないっていうのがセレブだなぁっていうか。俺なら絶対に冷蔵庫に突っ込んじゃってるし。  高さ三十センチほどの黒い箱を前に二人がお酒のことで話し込んでいるのを眺めてた。  もう、並ぶとなんというか雑誌の世界だ。今回なら「男の酒」とか? とにかく、二人が並ぶと絵になりすぎるっていうかさ。どっちも雰囲気違うけれど、絶対的にどちらもカッコよくて。 「学校では女子が大騒ぎでしたよ」 「え? 二人に?」 「えぇ」  雪隆さんも二人を眺めて、眩しそうに目を細めた。 「よく一緒にいると悲鳴のような声が上がって。だからすぐに居場所がわかるんです」 「そんなのって本当にあるんですね……」  キャーって言われる中を歩くのって、よく芸能ニュースで見かけるけど。 「そ、その頃から、環さんとお付き合いされてたんですか?」 「は? な、何言ってるんですか!」 「だって、すごくお似合いだし、その」 「そんなわけないじゃないですか」 「え? そうなんですか?」 「僕の片想いに決まってるでしょう?」 「すごい、ずっと好きだったんですか?」 「!」  その瞬間、ぎゅっと薄ピンク色をした唇を結んでしまった。 「もう……酔っ払ってるのかな」 「あ、内緒……なんですか?」 「……」 「じゃあ、絶対に話しませんから」 「絶対にですよ?」 「はい」 「絶対に、誰にも言わないでください」 「もちろんです」 「言ったら」 「ひぇえ!」  すごくすごく睨まれたけれど、でもすごく照れてるんだろうって、その頬の赤さが教えてくれる。 「でも……好きになっちゃいますよね」 「……」 「かっこいいですもん」  あんなかっこいい人が学校にいたら、そりゃ女子は大騒ぎだよ。俺はきっとチラチラ伺うだけで、何も言えないし、もちろん話しかけるなんてできないし、見てるだけしかできないけれど。 「兄は置いておいて、環さんはかっこいいですよ。今も昔も」 「えー? 敦之さんの方が優しそうでかっこいいです」 「はい? 環さん、優しいですよ」 「敦之さんの方がたまに可愛いです」 「それはただ浮かれてるんですよ。貴方のことずっと大事にしてたから」  酔ってるのかな。 「貴方は知らないでしょうけど、最初の頃なんて、毎日テンション上がったり下がったり、見てて飽きなかったですよ」 「お、俺のせいで?」 「えぇ、貴方のせいで」  うん。酔っ払ってるんだ。だってさ。こんな秘密をたくさんバラしてしまうのは、酔っ払ってるからでしょ? 「あ、あの、どのくらいそのテンションが」 「そりゃ、もう……」  内緒話って楽しいから。二人でずっとコソコソと、内緒の話を笑いながらしちゃってた。
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