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「ぅ、うーん」
今日何度目か、鏡とか大きなガラス、なんでも自分が映る場所で足を止めては、もしくは足を止めるのが少し恥ずかしい時はチラチラと横目で自分のスタイルを確認していた。
変、じゃない? センスないから。
一応、雑誌とか見ていい感じになるようにって一式マネキンの服そのまま買ってみたんだけど。
センス、って、何にでも共通するものなんだろうね。敦之さんは選ぶもののセンスがどれもこれも素敵でさ。ボディミストの香り一つ取ってみたってやっぱり素敵で。
見劣り、しないかな。
不恰好じゃ、ないかな。
――久しぶりにデートをしよう。
だなんて、さ。
敦之さんが言ってくれたから。
同じ家にいるのにわざわざ外で待ち合わせて、レストランで食事を……デートって。
ものすごく忙しいはずなのに。
今日の待ち合わせだって、敦之さんの仕事先だったホテルのところで、だし。家でゆっくりしたいはずなのに。
こうして、つ、付き合うことになってから知ったこと。
敦之さんは結構インドア派というか、家でゆっくりしていることが好きっぽい。休みの日、特に用事がない時は一日家で過ごすこともあるくらい。
そんな敦之さんがデートに誘ってくれた。
敦之さんと出会ってもう一年になるところだけれど、まだ少し先だし。特に俺の誕生日でも敦之さんの誕生日でもないし、何か仕事で成功したとかなのかな。
今夜、こうして誘ってもらえた理由がわからないけれど、でも、とにかくデートだからとお洒落に気を使ってみた。
「うーん」
けれど、センスがなくて。
そして、また唸りながらガラスの中に映る自分を見て確認しようとしたところで誰かと目が、ガラス越しに合ってしまって、慌てて俯いた。
恥ずかしい。
身だしなみのチェック、すごい必死にしているところを見られてしまった。
「あの、君、この間の」
「……え?」
声をかけられてまた顔を上げた。
振り返ってその人を見たけれど……。
「……えっと」
「あ、わからないか。ごめんごめん。髪型少し違うかも」
「あぁ!」
それとあの時はメガネもしていたから全然わからなかった。
「同じ生花教室の」
「あ、思い出してくれた?」
「えぇ」
「あの時はどうも」
「いえ」
感じが全然違っていた。加藤さんが講師を務めていたレッスンに同席していた人だ。それで、雨が降っていて、傘を渡したんだっけ。
「すごく助かったんだ」
「よかった。雨に濡れて風邪でも引いたら大変ですから」
にっこりと営業スマイルを向けると、彼はじっとこっちを見てた。
「あ、えっと……」
おかしかったかな。あんまり愛想笑いって得意じゃないっていうか。もしくは服装、気合入りすぎだろって思われた、とか? 似合ってない、とか?
「傘、申し訳ない」
「いえっ」
「返さないと」
「いえいえっ、そんな安物の傘ですから」
「そうはいかないし。俺は本当に助かったから」
感じの良い人だった。この前と雰囲気は全く違っているけれど、歳は……少し上かな。敦之さんと同じくらいかもしれない。優しそうな人だ。
「そうだ。今度傘、返したいから、連絡先を教えてもらうことって」
「あ、いえ、本当に、安物の傘だから」
「いや、傘も返すべきだし、お礼もしたいんだ」
むしろあんな傘にお礼なんてしてもらったらこっちが恐縮してしまう。
「そんな、気にしないでください」
「知らない人間ってわけでもないし。また次の生花教室で一緒になれるかもわからないから、是非」
「あ……」
あんまり連絡先教えないのも失礼なのかな。さすがに俺の電話番号一つから敦之さんとの繋がりまではわからないだろうし。
「そ……」
それなら、とポケットのスマホに手を伸ばしかけたところだった。
「何をしてらっしゃるんです?」
「!」
雪隆さんだった。
「……そちらの方は……」
仕事モード、というか、環さんがいない時のツーンの方の雪隆さんがチラリと、でも、鋭い視線をその人に向けると、怖かったんだろう。雪隆さんの睨む時の顔は、綺麗な分、迫力がすごいから。慌てて、その場を離れてしまった。
でも、助かった。
連絡先、教えるのはちょっと、って思っていたから。敦之さんの関係者って、何かの拍子に知られてしまうのは避けたかった。
「……今の方は?」
「あ、この前のレッスンの時に傘をあげたんです」
「傘?」
「えぇ、雨だったので。……雪隆さん?」
「……いえ。兄がお待ちしてます」
「あ、はい」
言われて、背筋をピンと伸ばした。
仕事終わったのかな。それで雪隆さんが迎えに来てくれたのかもしれない。こんな人の多いロビーに顔を出したら、きっと一人くらいは敦之さんを知っている人がいて、捕まってしまうかもしれないから。
「今日は」
「?」
「随分とお洒落ですね」
「! へ、変でしたか? デ、デート……なので」
「お似合いですよ」
「あ、りがとうございます。急にデートって言ってもらえたので。えへへ。あ、でも、何かあったのかなぁって。敦之さん、忙しいのに」
雪隆さんは歩くのがとても速い。だから案内されている俺はたまに小走りでついていかないといけなくて。
「何もないんじゃないですか?」
「え?」
「ここのレストラン、プリンがとても美味しいと評判なので貴方に食べさせたら喜ぶかもしれないと言ってましたから。多分、それじゃないですか」
「……」
プリン。
「ただそれだけのために呼び出すなんて、本当に我儘な……拓馬さん?」
「! あ、いえ」
ただ、俺にプリン食べさせたかったんだって。
――久しぶりにデートをしよう。
ただ俺の喜ぶかもしれないから、なんて。
「……拓馬さん」
「は、はい!」
「……今、私、どこかで何か貴方を赤面させるようなこと言いましたっけ?」
「!」
エレベーターのところ。
ボタンを押す銀色のフレームには、久しぶりのデートに、そしてその理由に、顔を真っ赤にした自分がいた。
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