媚薬編 8 貴方を呼ぼうと

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「な……」  何、これ。身体が熱くて、指先が痺れてる。 「……平気、かな?」  傘を返してくれたその人は、俺が指先に力が入らなくて落とすところだったペットボトルを代わりに持って、こっちを覗き込んだ。 「っ、あっ!」  足にも力があんまり入らない? なんで?  よろけた拍子に支えてもらったら、その触れたところが燃えてるみたいにヒリヒリとした。 「身体、が……」 「熱くて、たまらない?」 「?」  今、何か言った? 声、低くて聞き取れなか……。 「やっ……」 「だーいじょうぶだって、痛いことなんてしないしさ」  誰、だ……よ。こんな奴知らない。さっきまでと顔が、違う。 「っ……?」  な、に……これ。  身体が熱くてたまらない。熱に指先が痺れて感覚は酷く鈍いのに。 「……平気?」 「っ……ンっ……あ……の……」  急に、どうして、俺。 「大丈夫? 顔が真っ赤だ」 「ん、あっ……」 「汗も」 「あ、あのっ」  ゾクゾクする。 「どうかした?」 「っ……ん」  ゾクゾクするけれど、それは身体だけで、気持ちは戸惑いばかりで、その温度差がものすごく気持ち悪い。指先はとても冷たいのに、肌は、この人が触れると火傷してしまいそうで。 「ごめ、なさ……あのっ」  触れられたくなくて、のけぞって避けようとしたら手に力が入らなかった。ソファから手が滑って、倒れ込みそうになったところを彼の手が支えてくれて。その手にまた飛び上がって。 「すみませんっ、ちょっとお手洗いに」 「ねぇ」  なんか、変だ。  帰ろう。  急に身体が勝手に。  何?  なんで?  熱?  じゃなくて、これはそういう熱じゃなくて、これは――。 「っ」  彼の手を突き放してトイレに駆け込んだ。急いで水で手を洗うけれど、指先の感覚がない。鈍くて、しっかりものを掴めない。口を拭う手が酷く震えてる。 「ふぅ……ン」  熱いのに、震えて、洗面台に手をついていないと立っていられない。 「平気?」 「!」  傘を返してくれた人がそこに立っていた。トイレの出入り口のところ。 「あ……ごめんなさい。急に、何か」 「君……鈍いな」 「?」 「いや……」  彼はクスッと笑って、組んでいた腕を解くとこっちへ歩む寄ってくる。 「あの」  フラフラするんだ。暑くて、熱くて。けれど、彼が近づいてくると寒気がする気がした。暑いはずなのに、熱が誤作動してるみたいに。ゾクっと。 「君、男に抱かれてる……」 「!」  嫌悪感に似た感じが。 「だろ?」 「……!」  すぐそこまで彼が来たところで後退りしたけれど、洗面台に腰がぶつかって、その拍子に倒れそうに。 「キスマークが見えたよ?」  でも、倒れなかった。彼が腰を、抱き締めるように俺を引き寄せたから。 「さっき見えたんだ。生花のレッスン中、話してる時にここにキスマークがついてた」  腰を抱かれたまま、もっと身体が密着するように重ねられて、耳元でそっと囁かれた。低い声は耳を舐めるようにまとわりついてくる気がして、背筋をビリビリと嫌な熱が駆け上がっていく。 「見えないところにはもっとたくさんついてるのかな?」 「ん、や、ぁっ」  触られると堪えきれなくて、おかしな声が自分の口から勝手に溢れた。 「違っ、知りませ……離し」 「おっと……」 「っつ、ン」 「楽になるのを手伝ってあげるよ」 「! や、めっ」  離して欲しくて手を払うのに、その手は力が入らなくて簡単に捕まえられてしまった。 「細い腰だ」 「!」 「大丈夫。楽しくて気持ちいいことをするだけだからさ」 「やっ」  やだ。なんで急に。 「そろそろ本格的に効きだす頃だ」 「? っ……っ!」  まるで彼がそう言ったのがスイッチだったみたいに、ゾクゾクって勝手に身体が発熱する。 「や……あ……」 「ね? 部屋なら上に取ってあるんだ。それともここでする? 誰も入ってこないし。今、清掃中の看板立てたからさ」 「!」  手を掴まれて、振り解こうともがくけれど。ちっとも振り解けない。力が入らないんだ。手にも足にも。 「まぁ暴れられてもいやだしなぁ。それにこういうところでっていうのも興奮するし。ヤッバ、君の泣き顔いいね。もっと泣かせたい。股間いてぇ」  踏ん張れない。そんなところ連れ込まれるわけにはいかないのに。 「や、だっ」 「声出して助け呼んでもいいけど、いいの? 見られて? そこ」 「!」  男がにやりと顔を引きつらせて、視線を俺のズボンへと向けた。 「くくく」  反応、してる。 「はっずかしいとこ、見られちゃうけど?」  さっきまで一緒に習っていた人とは全く違う顔をしていた。歪んだ顔。いびつな口元、いやらしい目つき。 「そう真面目にとらえなくてもいいだろ? 男同士なんだし。ただの抜き合い位だと思ってさぁ。あーたまんねぇ。あんた、美味そうでさぁ」  ゾッとする。なのに、掴まれている手を振りほどくことができない。力が入らなくて。必死に暴れてるのに男にはそんなのなんともないみたいに笑ったまま、慌てることもなく、手の中で暴れる小動物程度にしか俺のことを思っていないみたいに。  嫌だ。触るな。  そしてそのままずるずると男の手に捕まえられたまま、トイレの個室に――。 「次、会ったら、ぜーったいにやろうと思ってさ。くくく」  やだ。なんで、こんなの。絶対に。敦之さん以外に、なんて。 「い、やだっ!」  こんなのに何かされるくらいなら、敦之さん以外に触られるなら、声を出して――。 「敦之さんっ!」 「拓馬!」  どんなに不格好でも、どんなに不細工でもいい。暴れて、もがいて、奇声でかまわないから声を張り上げて。 「!」 「拓馬!」  貴方を呼ぼうと思った。
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