月光と怪物

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 そして人の顔を、忘れないでいてくれる。 「ゲットくじ」の日から、千堂さんは私が来ると、「いらっしゃいませ」じゃなくて「こんにちは」と言うようになった。そして推しのキャンペーンがあったら「買いました?」と声をかけてくれたり、ペットボトルの銘柄がいつもと違うと「今日は炭酸ですよね」なんていう会話を交わすようになった。  ちょっとだけ長めに世間話などできたりすると、私はうれしくなった。  そう。困ったことに、うれしくなったのだった。  何となくこのことは、姉に話してはいけない気がした。だから私は、姉に何も話さなかった。  誰にも話さないでいると、気持ちはパン生地みたいに発酵してふくらんで、じょじょに心を圧迫していく。  私はあのコンビニを見かけるたびに、ひやりとした。そして心臓が飛び出さないように、そっと深呼吸した。  千堂さんのコンビニは、まるでお菓子の家だ。  これ以上近づくと、よくない気がする。  でも、一目見たい。  近づきたい。  少しだけ。  少しだけで、いいから。  自動ドアが開いて、ト長調のメロディが流れる。ドアが開く時から千堂さんはこちらを見ていて、ほほえむ。
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