16人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
そして人の顔を、忘れないでいてくれる。
「ゲットくじ」の日から、千堂さんは私が来ると、「いらっしゃいませ」じゃなくて「こんにちは」と言うようになった。そして推しのキャンペーンがあったら「買いました?」と声をかけてくれたり、ペットボトルの銘柄がいつもと違うと「今日は炭酸ですよね」なんていう会話を交わすようになった。
ちょっとだけ長めに世間話などできたりすると、私はうれしくなった。
そう。困ったことに、うれしくなったのだった。
何となくこのことは、姉に話してはいけない気がした。だから私は、姉に何も話さなかった。
誰にも話さないでいると、気持ちはパン生地みたいに発酵してふくらんで、じょじょに心を圧迫していく。
私はあのコンビニを見かけるたびに、ひやりとした。そして心臓が飛び出さないように、そっと深呼吸した。
千堂さんのコンビニは、まるでお菓子の家だ。
これ以上近づくと、よくない気がする。
でも、一目見たい。
近づきたい。
少しだけ。
少しだけで、いいから。
自動ドアが開いて、ト長調のメロディが流れる。ドアが開く時から千堂さんはこちらを見ていて、ほほえむ。
最初のコメントを投稿しよう!