栗まんじゅうを探して

2/8
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 貞治の足取りは軽快だった。  幾人かの顔見知りとすれ違い、挨拶を交わしたが、彼らは弾むように歩く貞治を見て目を丸くした。  これほどまでに快活な彼を見るのは、皆初めてのことだったからだ。  貞治は鷹揚(おうよう)な性格で、常に悠々と自らのペースを重んじるように生きてきた。  急ぐことも、焦ることもなく、亀のようにぽつぽつと歩き、言葉を吟味するように訥々(とつとつ)と話す。 それがこの七十年間の貞治だった。  貞治は一店舗目の和菓子屋、『藤松菓子舗』に到着した。  店内を右往左往して栗まんじゅうを探したが、どこにも見当たらない。 「なにかお探しですか?」  (いぶか)しげに貞治の様子を見ていた店員が、痺れを切らして声をかけた。  後ろから急に声をかけられて、貞治はビクンっと肩を跳ねさせた。 それから、「栗まんじゅう」と小さな声で言った。 「すみません、うちは栗まんじゅうは置いてないんですよ……」  貞治は思わず、「は」と声を発した。  もう食える、もう食えるぞとうきうきしていた彼は、絶望の底に落とされたように眉を八の字に垂らした。 口は「は」の形のままぽっかりと開き、時が止まったように数秒間静止した。 「申し訳ございません。『萬庵(よろずあん)こだま』さんでしたら置いてあるかと思います」  店員は本当に申し訳ないといった様子で競合店を貞治に教えた。  貞治も我に返って無礼を詫び、仕方なく買う予定のなかった苺大福を二つ購入した。 財布の中には千円程しか入っておらず、無駄な買い物をしたなと貞治は思った。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!