栗まんじゅうを探して

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 貞治は店を出ると、次は教えてもらった『萬庵こだま』に足を運んだ。  まだ一度も入ったことのない店だったが、どこにあるのかは知っていた。  狭く小さい店で、最中(もなか)が絶品だと地元では有名な和菓子屋だった。 「いらっしゃいませ」  店内に入ると、五十半ばぐらいの女性が笑顔を見せた。 「栗まんじゅうを、三つ、お願いしたいのですが」  貞治が言った。 「ごめんなさいねぇ、もうあと一個しか残ってないんですよぉ」  店員の女性は申し訳なさそうにそう言って、貞治に最中を(すす)めた。  最中じゃなくて栗まんじゅうが食べたいのだと、貞治は憤慨(ふんがい)しそうになったが、無いものは仕方がないと自分を説得した。  一つだけでもいいから、早く食べたかった。 「それじゃあ、栗まんじゅうと、最中を、一つずつ、頂けますか」  その直後、隣から少年の声がした。 「栗まんじゅう一つください!」  財布を出そうとしていた貞治は硬直した。  最後の一つの栗まんじゅう。 この少年に譲るべきか、否か。  貞治はズボンのポケットに手を伸ばして固まったまま、ショーケースにぽつんと一つだけ置かれた栗まんじゅうを見た。  茶色い帽子を被ったようなその艶々した栗まんじゅうは、彼を見つめるようにちょこんと座っていた。  無欲で淡泊な貞治が、唯一「これだけは」と血眼になって探した栗まんじゅう。 もし、今日この日を逃せば、また「ただの栗まんじゅう」に戻ってしまうだろうということが、貞治には分かっていた。  この一つだけは、譲るわけにはいかなかった。
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