栗まんじゅうを探して

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「ごめんねぇ、今この方が最後の一個を買っちゃったのよぉ」  店員が言った。  少年は「え……」と言って、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして貞治を見上げた。 「ん、ざんねん」  そう寂しそうに呟いて、少年はとぼとぼと店を出て行った。  貞治はその間、知らん振りをしていたが、内心では苛烈(かれつ)葛藤(かっとう)があった。  これまで経験したことのない猛烈な食欲と、少年を蹴落としてまで自己を優先してもいいのかという良心の呵責(かしゃく)。  貞治はこれまで、他者を気遣うことで自身の尊厳を守り続けてきた。  少年の乞うような眼差しに目を背け、自らの欲を優先した彼は、ある種の劣等感に支配された。  貞治は代金を支払って、栗まんじゅうと最中の入った袋を受け取った。 ぎりぎりと奥歯を噛み締め、口いっぱいに唾液を分泌させながら、足早に店を出た。  少年は青色のジャンパーのポケットに両手を突っ込んで、(うつむ)き加減に歩いていた。 「ボク、待ちなさい」  貞治が声をかけると、少年は驚いたように振り向いた。 「これ、食べなさい」  栗まんじゅうと最中の入った袋を、そのまま少年に渡した。  少年は「いいの?」と上目遣いに貞治を見た。 それから渡された袋を見て、最中も入っていることを指摘した。 「最中も、食べなさい。私はこれから、行くところがあるから」 「ありがとう!」  少年はそう言って、満面の笑みを見せて去って行った。  その背中を見届けると、貞治は般若(はんにゃ)のような顔をして、次の店舗『くらもと製菓』へと向かった。
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