栗まんじゅうを探して

6/8

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 貞治は怒りを必死に抑えながら、唇をぷるぷると震わせて「待つ」と言った。 「もう栗がのうなって、作れんわ」 「は」 「今日は何でか、よお売れたでねぇ」  貞治の脳裏に、美味しそうに栗まんじゅうを頬張るレポーターの顔が浮かんだ。 それから、ぎゅっと拳を握りしめて、憤怒(ふんぬ)の形相で外へ出た。  これ程までに怒りに満ち溢れたのも、彼にとっては初めての経験だった。  足は荒々しく地を弾み、息は音を伴って吐き出された。 痙攣した頬は、まだ彼には少しばかりの理性が残されているのだと、躍起(やっき)になって訴えかけていた。  貞治には欲求に対しての免疫がなかった。 理性の限界はもうすぐそこまで来ていた。  四店舗目の『夢見屋本店』に着くと、貞治は怒りをそのままぶつけるように「栗まんじゅう」と叫んだ。  店員は三人。 彼らはそれぞれ目配せして、その中で一番若い男の店員が「栗まんじゅう、お幾つでしょうか?」と言った。 「あるだけ、全部」  店員は困ったような顔でショーケースに並ぶ栗まんじゅうを数えて、「十四個ありますが」と言った。 「買う。全部買う」  これで間違いなく食えるはずだと、貞治は思った。 十四個もあれば、この後に少年が一つくれと言ってきたところで十三個も食える。 これで私の欲は満たされる。  貞治はようやく平静を取り戻し、レジの前で財布を出した。 「えー、三百円が十四点で、四千二百円になります」  貞治は財布を開いて冷や汗をかいた。 金を下ろすのを忘れていた!  財布には、五百円玉が一枚と十円玉が四枚、岩の下に隠れる虫のようにひっそりと入っているだけだった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加