栗まんじゅうを探して

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「貞治さんは、覚えてるかしら? 私が初めて作った栗まんじゅうを、貴方が美味しいって言って食べてくれたから、今この店があるのよ」  幸江はそう言って、栗まんじゅうと温かいお茶を貞治の前に置いた。  ずっと食べたかった艶やかな栗まんじゅうが、貞治をじっと見上げていた。  店内は栗まんじゅう目当ての客で大いに賑わっていた。 幸江はあちらこちらへ動き回り、てんてこ舞いの様子だった。  彼はとても穏やかな気分で、栗まんじゅうを持ち上げる。 一口齧ると、柔らかで懐かしい味が全身に広がった。  ずっとこれを求めていたのだと、貞治は思った。  しっとりとした食感で食べ応えがあるが、白餡の甘味はくどくなくて食べやすい。 大粒の栗がゴロっと入っていて、餡とのバランスが絶妙だった。  気が付くと、涙がぽろりぽろりと頬を伝って膝に落ちた。 「あら、どうして泣いてるのよ」  幸江は泣いている貞治に気付くとそう笑って、彼の背を優しくさすった。 「あまりにも、美味しくってな」  貞治は半分欠けた栗まんじゅうの内側に、懐かしい日々の思い出が新鮮なままぎっしりと詰まっているのを見た。  時間をかけて、ゆっくりと、ゆっくりと、思い出を噛み締めた。  店内を忙しく行ったり来たりする幸江は、貞治の目にとても幸せそうに映った。 それが、彼の胸の内に(もや)をかけていった。  貞治は幸江と離婚してから、彼女の幸せそうな顔を見るのが苦痛になっていた。  思い出の中の幸江も、同じように幸せな表情を浮かべてはいたが、今の方が活き活きとしているように見えた。  栗まんじゅうの代金を支払うと、幸江は「また来てね」と貞治の肩を叩いた。  「あぁ、また」と返したが、もう来ることはないだろうと貞治は思った。  栗まんじゅうを食べたいという激しい欲求は、懐かしい思い出と共に消化されていった。  この激しい欲を満たしても、ただ虚しいだけだったと、貞治は小さく溜息を吐いて家路についた。  寂寥(せきりょう)を煽るように、冷たい風が彼の寝癖を揺らした。
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