栗まんじゅうを探して

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『んー、美味しい! とっても上品なお味ですね。しっとりとした食感で食べ応えがありますけど、白餡の甘味がくどくなくて食べやすい。大粒の栗がゴロっと入っていて、餡とのバランスが絶妙です。これは栗好きには堪らないですよ!』  レポーターはそう言うと、栗まんじゅうの残りを一口で頬張った。 満面の笑みを浮かべて、見せつけるようにもぐもぐと咀嚼する。  藤田貞治(ふじたさだはる)はテレビの前でその様子をじっと見ていた。  この世に生まれて七十年と八ヶ月、ただの一度も経験したことのない唐突な衝動が貞治を貫いた。  こんなにも何かを食べたいと思ったのは何年振り、いや何十年振りだろうかと貞治は考えた。  彼は恬淡(てんたん)で物静かな性格だった。 衝動に支配されるような経験は、思い返しても一度もなかった。 「栗まんじゅうが食べたい」  貞治はしばらくの間、口をぽっかりと開けて、脳内で近くの和菓子屋を探した。  立ち寄ったことのある店が二店舗、入ったことはないが前を通ったことのある店が三店舗あった。  貞治は急いで支度した。 寝癖を整えることもせず、財布だけを持って家を出た。  あまりにも急いでいたので、テレビを消し忘れたことに扉を閉めてから気が付いたが、今の貞治にはそんなことは瑣末(さまつ)なことだった。  とにかく今は、何よりも優先して栗まんじゅうを見つけ出し、あのレポーターのように口いっぱいに頬張らなければならなかった。  そうしなければ、今後の余生は悔恨の念に取り憑かれてしまうだろうと貞治は直感していた。
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