瑣末な悲劇

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ピンポーン ファミレスに呼び鈴の音が鳴り響く。 「注文は決まったの?」 「これから決める!」 それを聞いて父はため息をつく。 どれにする?と母は楽しげだ。 呼び鈴を押してから注文を決める。私の母はそういう人間だ。 飲み物を溢せば袖で拭いてしまい、菓子を広げれば殆ど食べられ、洗い物は食器に泡が残っていて、味噌汁の底に溶き残しの味噌の塊がぼてんと沈んでいる。 考えるよりも先に行動してしまうのだ。良く言えば行動力があり、サービス精神旺盛。 悪く言えばガサツ。そんな人間性に呆れていると店員さんがきた。 「えーとね、これとこれ!あ、これもお願いします。あとはー、これも!何か食べたいものある?」 父はなんでもいいよ、といまだ不機嫌そうだ。 「お兄さんのおすすめとかあります?」 「えっと、えーそうですね、、」 質問をするには些か過剰なパワーに気圧され、アルバイトの高校生を困らせている。 「えっと、、一番頼まれてるのはハンバーグとステーキのセットです」 「じゃあそれもお願いします!以上で!」 注文を終えて水をぐいっと一口飲むと、メニューに目を落としてじっくりと見だした。右手がそろばんを弾く動きになっている。計算をしているのだろう。 「3502円ね!」 これは母の癖のようなもので、何でもかんでも計算しようとする。 運転中に前方を走る車のナンバーの和を求めるようなことをするような母だ。自分がイマジナリー算盤を弾いていることにも気づいていないだろう。 「新人さんかな?可愛いね」 やっと落ち着いたのか、ここで初めて私の顔を見た。 「そういえば来週テストだよね。勉強してる?まぁ、お母さんよりしっかりしてるから心配ないか!」 質問から自己完結が早すぎる。勝手だな、とおもえば「あれ?携帯!」と言って走って店を出て行ってしまった。 私の母はこう言う人間である。 私と父はファミレスにポツンと取り残された。嵐が過ぎ去ったように、と言うのは些かありきたりな表現かもしれないが、その言葉がぴったりだろう。 私は水を飲みながら声を発した。 「相変わらずだね」 「家でもずっとあの調子だからな」 父も水を飲みながら答える。 「そうだね」 父との会話は相変わらず素朴なもので安心した。天気がいいねとか、美味しいね、元気か?というような素朴さが私は好きだ。 こんなにも性格の違う、夫婦でなんで一緒にいるのだろうと、それと同時に全く違うからこそ一緒にいるものかなとも感じた。 しかし私の杞憂にも満たぬかすかな不安は、たった一夜で現実になった。
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