第2話 温かい人達

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第2話 温かい人達

「お疲れ様です」 「おう、お疲れ、って! どうしたその怪我! 血が出てんじゃねぇか!」 「うわっ、ホントだ! おい! 救急箱持ってこい!」  少年がアルバイト先である新聞配達店に入ると、少年に条件反射的に笑顔を見せていた社員が驚いた声を上げる。  作業中だというのに何人も手を止めて少年に走り寄り、我も我もと手当をしようとする。   「っつーか、オマエら邪魔だ! どれ、もう血は止まってんなぁ、気分悪いとかガンガン痛むとかあるか?」  50代くらいの男性が救急箱を手に群がった社員達を追い散らして傷口を確認する。  少年が首を振ると、ホッとした顔で手早く血と汚れを拭き取ると真四角の大きな絆創膏を傷口に貼った。  手当が終わると、心配そうに見ている男達をよそに少年は配達のための新聞を準備し始める。  学校や家とは違い、ここにいる人達が少年を見る目は温かい。  本来ならば働くはずのない年齢で、それも平均よりもずっと小さな身体で真面目に一生懸命働く少年を、共に働く人間が嫌えるはずがない。    心配しつつもここは職場だ。  各自がそれぞれの配達や集金の準備をしたり、翌日のチラシの仕分け作業を始める。 「んで、何で怪我したんだ? 学校、いや着替えてるんだから家か、またあの男にやられたのか?」  手当をした男が訊ねる。  少年は何もいわずに首を振ったが、その表情を見ればそれが真実だと知れた。    この男はこの販売店の社長であり、少年の雇用主だ。  少年がこの新聞配達店で働き出したのは中学1年生の時だ。  既に2年半近く経っているので、社員達もおおよその事情は察している。  今よりもさらに小さかった子供が、必死になって『働かせて欲しい』と頼み込んできたのだから当然理由は尋ねたし、母親だという女にも確認を取った。  結果、分かったのは少年が虐待と言っていいほどの扱いを家でされているということだった。その上働かせた賃金はほとんど搾取しようとしていることも察した。  もちろん中学に上がったばかりの子供を働かせるなど余程の事情がないかぎり許されることではない。    断るのは簡単だが、それをすれば少年はまた別の場所で働こうとするだろう。そこがちゃんとしたところならば良いが、そうでなければ少年は2重に搾取されてしまう。  そう考えた社長は、少年を雇用することにして女には賃金を低めに伝えた。残りを少年のために取っておき、必要になる都度色々と口実を作っては女にばれないように与えてきたのだ。  できる範囲での手助けをしてきたつもりだったが、それでも到底十分とは言えないだろう。常に一緒にいられるわけでもない。    ろくに食事も与えられていない少年に食事を用意して食べさせようとしたが、あまり頻繁だと母親にばれてしまい給食費をもらえなくなるというので週にほんの1、2回程度しかそれもすることができない。しかも今や社員達も何とか少年に食事を御馳走しようと競争しているくらいだ。  そして少年と同居しているという男もろくに働きもせずに遊び歩くヒモ男のようで、一度販売店にも少年の給料をもっと上げろと怒鳴り込んできたことがあった。  上げたところで少年のために使われるわけがない。    その時は社長以下社員数人で取り囲み脅した上で追い返したが、しばらくは別の場所に働き先を代えさせようとしていたらしい。  まぁ、小学生にしか見えない中学生を雇うところなど早々見つかるはずもないので結局諦めたようだが。  児童相談所に通報しようかと思ったこともあったが、それは少年から『止めて欲しい』と言われてしまった。  少年の話では幼い頃から何度か近隣の人が心配して通報したことがあったが、その都度職員が訪ねて来て母親と数言話しただけで帰ってしまい、その後はより酷い状態になったということだった。  それに、中学生ともなると児童相談所も緊急性が低いと判断されてしまうという話も聞いた。   「社長、やっぱあのクズ男ぶっ飛ばして“達坊”引き取った方が良いんじゃないっすか?」 「馬鹿野郎、親権ってのは強いんだ。下手すりゃ誘拐されたってことになって別のところに行かされちまう。そうなりゃ俺達が手助けすることもできなくなるぞ」 「うちなんか、カミさんが“達坊”気に入っちまって養子にしたいって言ってるくらいなんだけどなぁ」  作業の手を止めず、社員の男達がやいのやいのとと言い合う。  販売店の従業員は誰もが少年を心配し、力になってやりたいと思っているのだ。  社長自身も考えている腹案があるのだが、それは時期が来たら少年と話をしようと考えているのだ。   「あの、ありがとうございます。えっと、配達行ってきます」  心配されるのがくすぐったかったのか、少し照れくさそうに頬を染めながら自転車に夕刊を乗せて少年は販売店を出て行った。  小さな身体で新聞を山積みにして漕ぎ出す姿をハラハラ見守りつつ、社員達の少年の保護者に対する怒りはますますヒートアップしていった。        キィッ、タッタッタ、シュタン。  すっかり暗くなった住宅街を少年は新聞を持って走り回る。  朝刊に比べ夕刊は配達する家が少ないため自転車で少し走り、新聞受けに入れる小刻みな動きが多い。  12月の風は冷たいが走り回る配達は逆に心地良く感じるくらいだ。  朝刊よりも配達エリアは広いが配達する部数自体はそれほどでもない。今月は集金を終えているので早めに戻ることができそうだ。  その後は朝刊用の折り込みチラシを準備して、販売店の片隅を借りて明日からの期末試験の勉強が2時間くらいできるだろう。   「ご苦労様」 「あ、こんばんわ。いつもありがとうございます」  住宅街の外れ近くの一軒家に新聞を入れようとしたとき、少年に声が掛けられた。  40代くらいの女性で、少年が配達する時間になるとこうして外にいることが多い。 「まぁ! どうしたの? その怪我! 大丈夫なの?」  少年の額の絆創膏を見て心配そうに声を張り上げる。  この女性はとにかく少年を気に掛けているらしく、おそらくこうして顔を合わせることが多いのも少年を心配してくれているからなのだろう。 「手当てしてもらったので大丈夫です。あの、心配してくれてありがとうございます」   「本当? 無理してない? 辛いことがあったらいつでも相談してね?」  単なる顔見知りにしては過剰なほどの憂い具合だが、これもいつもの事だ。  1年ほど前に配達に回っている少年を見かけて、あまりに幼い容姿が気になったらしく販売店へ問い合わせ、その後どういう心境なのか朝夕刊の新聞を少年から契約してくれたのだ。  それからは度々こうして少年に声を掛け、夏には冷たいスポーツドリンクやアイスクリーム、寒くなれば温かいスープなどを差し入れてくれている。  以前、差し入れとして渡された紙袋に飲み物や果物に混ざって現金の入った封筒まで入れられていて慌てて返しに来たこともあった。    彼女には小学生の息子がいるのだが、先天性の難病でずっと入院しているらしい。  そのせいか、同じ年頃、実際には少年の方がずっと年上なのだが、の子供を見ると気になってしまうそうだ。  もっともすぐに命に関わるような種類の病気ではなく、ほとんど毎日見舞いにも行っているという話だ。  今日もひとしきり心配した後で栄養ドリンクをそっと手渡してくれる。  少年は深く頭を下げて受け取ると、次の配達先に向かっていった。    その後も商店街で肉屋の親父さんにも怪我の心配をされつつコロッケを差し入れてもらったり、八百屋さんでは豪快な女将さんが『痛み始めたから』と言いつつ商品棚にあったツヤツヤした苺をパックごと渡されたりした。  配達が終わり、販売店に戻った少年は手慣れた様子で翌日分の広告を準備し終えると、店の隅にある机を借りて試験勉強を始める。  家ではろくに勉強することもできないからだ。    中学3年のこの時期の試験は高校受験のためにも重要なものだが、少年は高校に行くことが許されていない。  それでも、いつか家を出て独立することができたら大学入学資格検定試験を受けて大学に通うことを夢見ている。  だから、たとえ就職するにしても勉強だけは続けるつもりだ。  そんな少年を応援しようと、従業員の数人が自分の子供が使っていたという参考書や問題集をくれたりもした。    家でも学校でも辛い思いをしている少年が、それでもひたむきに真っ直ぐ生きていられているのはこうして周囲の温かい人が見守ってくれたからだろう。    そして、ついに少年が報われる時が来る。    --------------------------------------------------------------------- 次回からタイトル回収が始まりますw こんな感じでだいたい1話当たり4000~6000字でやっていこうと思います。 ストックが無くなる40話弱までは毎日更新です。 無くなったら……週一更新……できると良いなぁw
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