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真っ白いアンケート用紙は、四月の太陽光に照らされて余計に読みづらい。どうにか記入してみたが、読みづらさと答えづらさが重なって思わず手を止めた。「ご職業」とあったから。
「ご不明な点でも?」
アンケートを依頼してきた女性が、心配そうに用紙をのぞきこんできた。
お名前、高杉茜。ご年齢、21歳。誤字はないし、住所も電話番号にも間違いはない。問題は職業だ。
「会社にお勤めですか?」
私の戸惑いを察し、優しく確認してくれた。
「仕事が二つある場合はどうしたらいいのかな、って」
「ああ、副業ですか」
収入が多い方を書いてもらえればいいですよ、と教えてくれた。そんなことを言われたら余計に迷ってしまう。
「劇団の仕事なんですけど、バイトもしてるんです」
この言い方で迷いが伝わるか不安だったが、女性は理解の声を短く漏らすと「じゃあフリーターですね」と言った。声色はソフトなのに、反論できないぶ厚さを感じる。薄々わかっていたことではあるが、早押しクイズのように即答されると癪に障る。職業欄の「フリーター」にマルをつけると、用紙を粗雑に手渡して私は歩き出した。
駅に続くケヤキ並木は、青々とした葉に覆われている。その大きな傘の下を歩きながら、荒ぶる腹の虫がどんどん弱気になっていくのを実感していた。高校を卒業して上京し、すぐ劇団に入ったキャリア四年目の役者、それが私だ。でも、客観的に見たら役者とは認められないという、シビアな現実を突きつけられてしまった。
アパートを契約した時のことを思い出す。劇団に入ったばかりで、契約書の職業欄にはフリーターと書いた。いつか職業欄を「役者」にしたい、と鼻息荒く書いたものだ。あれから三年経ったが、いまだに「フリーター」だ。
快晴の空を覆うケヤキの葉が風にそよぎ、あちこちでさざめいた。私に同情して慰めてくれているのか、役者を名乗ろうとするおこがましさを笑っているのか。いずれにしてもその音色はとても切なかった。
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