みかんの缶詰

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「ママ~! 明日のお弁当はあのアニメでお願いね~」  娘が包みを開けた時に見せる笑顔を想像しながら、どんなお弁当にしようかアレコレと考える。  それは何よりも幸せを感じられる至福のひと時。  あのキャラだったらご飯よりもパンの方がいいかしら?  お鼻と目はチーズで作って、あとは……。  そうそう、アレの買い置きを切らしていないか確認しなきゃね。    私が可愛いお弁当を作る時には『みかんの缶詰』が欠かせない。  シロップが漏れないようにアルミ箔に包み、ただ隅に添えてるだけかもしれないけど、それでも絶対に必要な物。  冷蔵庫の中に並ぶ缶詰を眺めながら、ふと昔の事を思い出す。  私は物心が付いた時には既に父と二人暮らしをしていて、周りには母や祖父母と呼ばれる人達は存在しなかった。  でも少しも変だとは思わなかった……それが当たり前の日常だったから。    父は大きなトラックの助手席に幼い私を乗せ、お仕事の時もずっと傍に居てくれた。  いつでも、どこでも。  お昼寝から目が覚めた時でも、ハンドルを握る父の横顔が見られるのが嬉しかった。  重い荷物を積み込んで、汗だくになった父の笑顔を見ながら食べるアイスクリームは幸せの味がした。  だから二人きりが寂しいだなんて感じた事もなかった。  でも保育園に通うようになって、父が迎えに来てくれるのを待つようになってからは寂しかったな……。  それに、お友達には『お母さん』って人が居て、いつも可愛いお弁当を作って貰えるのが羨ましくて……自慢されたのが悔しくて……。  自分のお弁当が少し嫌いになって……。  近所のお総菜屋さんで買うオカズが不味い訳じゃないの。  ううん、むしろ美味しくて大好きだったわ。  でも……。  煮物や揚げ物が主流のお惣菜は『茶色』が多くて……。  それを詰めたお弁当も茶色と白しか色がなくて……。 「こんなお弁当イヤ! もっと可愛いのがいい!」  今思い出してみても無茶な事を言ったと思うわ……。  不器用な父に『キャラ弁』なんてお願いしても仕方がないのにね。  でも、当時の私も何となくわかってたんじゃないかしら。  泣くだけ泣いて……諦めて……ふて寝して……。  だからこそ、次の日の朝にお弁当箱を持った父の輝くような笑顔は衝撃だった。 「今日の弁当は凄いぞ! 蓋を開けたらきっと驚くからな!」  その日はお昼が待ち遠しかったな~。  もう先生の紙芝居も、お遊戯も、粘土遊びもぜ~んぶ記憶にないくらいお昼が楽しみだった。  ようやく来たお昼休み。  今まではお友達の可愛いお弁当を見るのが嫌だったけど、今日は違う。  喜び勇んでお弁当箱の蓋を開けた時の光景は今でも目に焼き付いて離れないもの。  オカズはいつもと同じ、さつま芋の煮たのと唐揚げと、あとは切り干し大根の『茶色』だけ……。  でも!  でもその下が今までとは全然違った!  真っ白なご飯の上に、まるでお花が咲いているかのように並べられた缶詰のみかん!  そして丸く並べられたみかんの下には細く切った緑のキュウリ!   「わぁ~! ちさとちゃんのお弁当可愛い~!」 「本当だ! お花が咲いてるみたい!」 「えへへへ、このお弁当はお父さんが作ってくれたのよ!」    不器用な父が私の為に一生懸命考えてくれたお弁当……。  なんとか私を喜ばせようと作ってくれた可愛いお弁当……。  ご飯に直接置かれたみかんはちょっぴり温かくなってたけど……。  シロップが染みたご飯はちょっぴり甘酸っぱい味がしたけど……。  でも。  お友達が褒めてくれたお弁当は、今まで食べたどんな食べ物よりも美味しかったな……。  そうだ、今日のお弁当に使ったのがまだ残ってたわね。  小さな容器に煮物とご飯を詰めて。  そして缶詰のみかんを綺麗に並べて父のお弁当を再現する。  完成したお弁当は甘くて……すっぱくて……。  そして世界で一番可愛い私だけのお弁当……。   「いただきます、おとうさん……」
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