ふたりの愛悼歌

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 ***  その子の名前は、直子。僕達が出会った時、直子は小学校一年生だった。その時の直子と直子のお母さんの会話を、僕はとてもよく覚えている。 『ねえ、どうしてこの子?おめめが欠けてしまってるわ、危ないし、可愛くないでしょ。他のぬいぐるみじゃだめなの?』 『この子がいいの。おめめが片方ないから、この子』 『どうして?』 『だって』  僕は抱きしめられながら、そこで初めて気づいたのだ。彼女は左手で一生懸命僕を抱っこしているけれど、右手がちっとも僕に触ってくる気配がないということを。  彼女にも右手は確かに存在していた。でも、彼女の右手は左手と比べてとても短くて小さかったのである。長袖の中に、完全に隠れてしまっていた。彼女は生まれつき、そういう体の女の子だったのだ。だから。 『この子なら、わたしのきもち、わかってくれる。友達になってくれる』  彼女は右手が小さい自分の体にコンプレックスがあったのだと気づいた。だから、同じように右目がなくて、一人ぼっちだった僕に自分を重ねたのだ。  その子の熱意に負けて、お母さんは彼女に僕を買い与えてくれた。それが、僕にとって生涯唯一無二の親友となる直子との出会いであったというわけだ。  手が小さいこと以外は、彼女はとても健康な女の子だった。左利きということもあって、右手がなくてもできることは非常に多かったのも事実である。ただ、片腕が小さい彼女のことを、気味悪がるクラスメートが非常に多かったらしい。いじめられているというほどではなくても、彼女は学校で孤立して寂しい思いをしていたようだった。 『わたし、片方手が小さいから……うまくバランスが取れないの。他のみんなみたいに、速く走るのが得意じゃないし……それから、ボールを使うスポーツとかも、あんまり上手にできなくて……』  子供は残酷で、正直だ。  直子が一緒に入ったチームは負ける――そう思えば思うほど、彼女は友達と一緒に遊びたくても仲間に入れて貰えないことが増えるだろう。先生が説得してみんなのチームに入れさせてくれることもあったが、みんなが迷惑そうにしているのを感じ取ってしまえば自分から断ってしまうことも少なくないのだと直子は語っていた。直子がいるから、運動会のリレーも負ける。直子がいるから、みんなが気を使わないといけない。そう思われるのが嫌で、この小さい腕と体が憎たらしくてならないのだと彼女は言った。彼女は自分をのけものにするクラスメートたちではなく、みんなに迷惑をかけてしまう自分の体の方を恨むような優しい子であったのだ。  彼女は家で、たくさんの話をしてくれた。僕もまたそれを聴くたび、喋ることができない自分の身体を恨めしく思ったのだ。 ――大丈夫。僕には、君の気持ちがわかるよ。誰も悪くなくても、時にハンデを背負ってしまう存在は生まれてくる。でも……。  僕にできることはただ。彼女が僕の欠けた目をそっと撫でてくれるのを感じて、ぴったりと背中をくっつけて、彼女に寄り添うことだけだった。 ――でも。……もし、僕の眼が欠けてなかったら、僕は君と出会えなかったかもしれない。“人とは違うことに苦しんでいる”誰かの気持ちを想像することができなかったかもしれない。ならきっと……僕の目が欠けたのは、神様が僕に与えた“優しくなる”ための試練だったはずなんだ。  いつかこの目のことも、彼女の腕のことも。ハンデ、ではなく“愛すべき個性”だと言えるようになりたい。きっと人はそれこそを“幸福”と呼ぶはずなのだから。
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