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 シェダル帝国が勝利したさきの大戦から三年が経ち、この世界もようやく平穏を取り戻しつつあった。 「こんにちはー。ご注文のパンを届けにまいりました」  小さな町・タビトの一角で、今日もメイサはパン配達の仕事をこなしていた。 「メイサくん、いつもありがとうね」  常連のおばあさんに焼き立てのパンを渡し、銅貨を数枚受け取る。大戦前の相場とは大違いだが、戦いの爪痕が深く残るこの町では、仕方のないことだ。 「それじゃ、失礼します」  おばあさんにぺこりと頭を下げると、メイサはバイクにまたがり、麦色の短髪をなびかせながら、颯爽と店へと戻った。  アルニラム。戦争孤児となったメイサが、住み込みで働いているパン屋の名前だ。安くて美味しいと評判で、中には隣町から買いに来る客もいる。 「おー、おかえり」  メイサが店のドアを鳴らして店内に入ると、メイサと同じ境遇で、店番担当のミンタカが、パンを棚に並べていた。金髪を下の方で二つに結び、軽装の上から白いエプロンを身に着けている。店内には客が何人かいて、ミンタカは忙しそうだ。 「メイサ、ミンタカを手伝ってやりな」  女店長のベラトリクスが、キッチンから顔を出した。アルニラムのパンはベラトリクスが一人で手掛けており、残る二人はその他の業務を全てこなさなければならない。 「分かりました」  メイサは緑色の瞳で店内を見回し、レジのカウンターへと向かった。 「はぁー、今日も疲れたー!」  日も暮れて、店仕舞いの時間になった。客のいなくなった店先で、ミンタカがほうきを持ちながらのびをする。掃除や夕飯の支度など、やることは未だ残っているが、とりあえずひと段落といったところだ。 「ミンタカ、アルカイドは?」  メイサはバイクを店の横につけながら、ミンタカに尋ねた。 「アルカイドなら、さっき裏庭の花の世話をしていたよ。そろそろ、店番仲間に加わってくれそうね」  その答えを聞くや否や、メイサは裏庭へと駆け出した。 「メイサったら、アルカイドにぞっこんなんだから」  ミンタカはやれやれといった風に、メイサの背中を見送った。 「アルカイド!」  鈴蘭が咲く、小さな裏庭。メイサが名前を呼ぶと、少女は紫色の瞳を向けた。長く編み込まれた乳白色の髪の毛と、涼しげなワンピースが、その動きと共に揺れる。 「花の世話をしてくれて、ありがとな」  メイサは声を掛けるが、アルカイドは無表情に見つめるだけで、何の言葉も口にしない。 「夕飯の準備をするぞー。今日のメインディッシュは何だろうな」  一方的に話し掛けながら、メイサは彼女の手を取り、店の中に入った。  アルカイドとの出会いは、大戦が終わって半年が経過した頃だった。メイサやミンタカが店での生活に慣れてきたある日、彼女は店先で倒れていたのだ。黒づくめの衣装で、外傷こそはないものの、ひどく昏睡していた。  彼女はその後二日ほど経って、ようやく目を覚ましたのだが……。 「あの子、自分の名前しかしゃべらないわ。それに、ずっと無表情だし……」  深い眠りから覚めた彼女の様子を見て、ミンタカは困惑したような顔をした。 「もしかしたら、大戦のショックで記憶や感情を失くしてしまったのかもしれないねぇ」 ベラトリクスの言葉を聞いて、メイサは悲しい気持ちに包まれた。同時に、彼女に強く惹かれた。彼女の言葉を聞きたい。彼女の笑顔が見たい。メイサは今まで恋というものを知らなかったが、この謎の少女に一目惚れしてしまったのだ。それからというもの、メイサは彼女を日々サポートし続けている。いつか一緒に笑い合える日が来ると、そして告白できる日がくると、そう信じて。
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