β

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

β

 パン屋の朝は早い。メイサやミンタカは元々朝型ではなかったが、ベラトリクスの協力のおかげで、今はなんとか朝の五時に起きられるようになっている。ベラトリクスは仕込みがあるので、更に早い時間に起きており、二人が眠たい目をこすりながら支度をし、店に顔を出す頃には、彼女はすでにパンを焼いているのだ。 「メイサ、今日は朝一で配達があるから、よろしく頼むよ! ミンタカは、朝食の準備をしてくれ」 「ふぁーい……」  あくび交じりの返事をしつつ、ミンタカは奥へと消えた。 「ベラトリクスさん、昨日ミンタカが、そろそろアルカイドにも店番をさせたらどうかって」 「確かに、接客以外ならできるかもしれないねぇ。じゃあメイサ、アルカイドを起こしてきてくれ」  ベラトリクスの承認の下、メイサは生活スペースへと戻り、アルカイドの部屋のドアを開けた。 「アルカイド、おはよう」  彼女はすでに起きていた。ミンタカがプレゼントした花柄のワンピースを着て、ベッドの端にじっと座っている。 「今日から、ミンタカと一緒に店番だって。俺も色々教えてやるからな」  メイサは彼女に向かって、満面の笑みを浮かべた。一緒に仕事をできることが、彼にとっては純粋に嬉しい。  すると心なしか、アルカイドがかすかに微笑んだ。本当は無表情だったのかもしれないが、少なくともメイサには、彼女が微笑んだように見えた。 「……!! ア、アルカイドが、笑った!?」  直後、メイサが大騒ぎしたことは、言うまでもない。  皆で朝食を食べた後、メイサはベラトリクスから配達用のパンを受け取り、すぐに店を出発した。住宅が何軒か立ち並ぶ中心地から、人がほとんどいない縁辺部まで、様々な客にパンを届ける。  途中、隣町との境目までやって来た。大戦の影響で、ここら辺一帯は未だ荒野が広がっている。しかし、メイサが休憩がてらバイクを停めた場所には、野花が健気にも咲いていた。 (この花、サイフに咲いていたのと同じだ…)  サイフとは、メイサの故郷のことだ。のどかな田舎村だったそこは、シェダル帝国の反対勢力がなだれ込んできたことで、帝国によって一面焼け野原にされてしまった。メイサの家族も、無慈悲にも焼き殺された。そのときのことを考えると、メイサは未だやり切れない思いでいっぱいになる。 (どうして、俺だけ生き残ってしまったんだ……。俺がもっと強ければ、皆を守れたんだろうか……)  一人になると、過去を思い出して憂鬱になる。メイサはぶんぶんと首を横に振って、気合を入れ直した。早くパンを届けなくては。そう思い、バイクに飛び乗ってエンジンをかけた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!