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パン屋の朝は早い。メイサやミンタカは元々朝型ではなかったが、ベラトリクスの協力のおかげで、今はなんとか朝の五時に起きられるようになっている。ベラトリクスは仕込みがあるので、更に早い時間に起きており、二人が眠たい目をこすりながら支度をし、店に顔を出す頃には、彼女はすでにパンを焼いているのだ。
「メイサ、今日は朝一で配達があるから、よろしく頼むよ! ミンタカは、朝食の準備をしてくれ」
「ふぁーい……」
あくび交じりの返事をしつつ、ミンタカは奥へと消えた。
「ベラトリクスさん、昨日ミンタカが、そろそろアルカイドにも店番をさせたらどうかって」
「確かに、接客以外ならできるかもしれないねぇ。じゃあメイサ、アルカイドを起こしてきてくれ」
ベラトリクスの承認の下、メイサは生活スペースへと戻り、アルカイドの部屋のドアを開けた。
「アルカイド、おはよう」
彼女はすでに起きていた。ミンタカがプレゼントした花柄のワンピースを着て、ベッドの端にじっと座っている。
「今日から、ミンタカと一緒に店番だって。俺も色々教えてやるからな」
メイサは彼女に向かって、満面の笑みを浮かべた。一緒に仕事をできることが、彼にとっては純粋に嬉しい。
すると心なしか、アルカイドがかすかに微笑んだ。本当は無表情だったのかもしれないが、少なくともメイサには、彼女が微笑んだように見えた。
「……!! ア、アルカイドが、笑った!?」
直後、メイサが大騒ぎしたことは、言うまでもない。
皆で朝食を食べた後、メイサはベラトリクスから配達用のパンを受け取り、すぐに店を出発した。住宅が何軒か立ち並ぶ中心地から、人がほとんどいない縁辺部まで、様々な客にパンを届ける。
途中、隣町との境目までやって来た。大戦の影響で、ここら辺一帯は未だ荒野が広がっている。しかし、メイサが休憩がてらバイクを停めた場所には、野花が健気にも咲いていた。
(この花、サイフに咲いていたのと同じだ…)
サイフとは、メイサの故郷のことだ。のどかな田舎村だったそこは、シェダル帝国の反対勢力がなだれ込んできたことで、帝国によって一面焼け野原にされてしまった。メイサの家族も、無慈悲にも焼き殺された。そのときのことを考えると、メイサは未だやり切れない思いでいっぱいになる。
(どうして、俺だけ生き残ってしまったんだ……。俺がもっと強ければ、皆を守れたんだろうか……)
一人になると、過去を思い出して憂鬱になる。メイサはぶんぶんと首を横に振って、気合を入れ直した。早くパンを届けなくては。そう思い、バイクに飛び乗ってエンジンをかけた。
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