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 メイサはひたすらバイクを爆走させた。滅茶苦茶な道を辿って来たので、最早今いる場所がどこなのかすらも分からなかった。アルカイドを守りたい。家族を守れなかったあの時と、同じ後悔はしたくない。その一心で、彼は午後の町を抜け、夕暮れの荒れ野を越え、夜の森を進んだ。 「……! 帝国軍!」  だが、敵の方が一枚上手だった。気づいた時には、メイサは森の中で帝国軍に囲まれていた。 (まずい…!どうしたら…!)  特殊な車両に乗った兵士達が、四方から彼を追い詰める。そして、成す術を無くした彼らに向かって、一斉に発砲した。  メイサは咄嗟にアルカイドを庇い、ぎゅっと目をつぶった――。  ――直後、空を裂くような風圧と、弾丸を全て弾く音が聞こえた。  メイサが恐る恐る目を開けると、乳白色の髪の毛をした、黒づくめの二人の青年が、彼を守るようにして立っていた。どちらの瞳も紫色に光っており、長い髪の下ろした若い女性は剣を、肩にかかる髪を持つ少年は二本の刀を構えていた。 「姉さん……、兄さん……」  突然、アルカイドが目を見開き、鈴を鳴らすような声で呟いた。 「えっ……!?」  メイサが驚いた次の瞬間、彼らは目にも留まらぬ速さで、帝国軍を薙ぎ払った。その動きは、まさに神がかっていた。敵が無残に倒れていく様子を、メイサはただただ見つめることしかできなかった。 「こんなものかしら」  その声がメイサの耳に届いたときには、辺りは血だらけになっていた。 「メラク姉さん、良かったね。アルカイドが意外と早く見つかってさ」  少年が刀を収めながら、嬉々とした様子で言った。 「そうね、ミザール。でもまずは、この子にお礼を言わなくちゃね」  彼女はメイサに向き直り、ぺこりと頭を下げた。 「私たちの妹を守ってくれて、ありがとう」  (妹? アルカイドが……?)  メイサは改めて二人を見つめ、そしてカストゥラが言っていた事を思い出した。 (言い伝えの再現って、本当だったのか……)  似たような容姿や服装、それにあの強さ。神の七つの子と言われても、何もおかしくはない。 「さあ、アルカイド。行くわよ」  メラクと呼ばれた女性は、優しい微笑みを浮かべながら、アルカイドに手を差し出す。  ――その時、メイサは確かに感じた。アルカイドが彼のぎゅっと手を握り、姉の言葉を拒んでいるのを。 「どうしたのかしら。私たちは兄弟なのに」  彼女は困ったように小首をかしげた。 「姉さん。早くアルカイドを連れて行こうよ」  弟分のミザールが、急かすような声を出す。 「今僕たちがこうしている間にも、父さんが僕たちのことを待っているんだ。こんなところで、もたもたしていられないよ」  彼の「父さん」という単語が、メイサの頭の中で反響する。アルカイドの父親は……、大戦を生き延びた、非道の研究者なのだろうか?  そのようなことを考え始めたメイサの目の前で、姉分のメラクは困惑した表情を浮かべた。 「ミザール、アルカイドが言う事を聞いてくれないの」 「そんな訳ないよ、姉さん。アルカイドは、空の器なんだから」 「ええ、私もそう思うわ。でも、彼の手をずっと握っている。嫌がっているみたいなの」 メラクがメイサを指差すと、ミザールは忌々しそうに彼を睨んだ。 「じゃあさ、そいつから無理やり引き離せば良いだろ」 彼はそう言って、左手で刀の柄を握りしめた。 「僕たちの使命は、この世界を破滅へと導くことだ。その前に、一人や二人殺したって、何の問題も無いだろ?」  ミザールの紫の瞳を見て、メイサは頭の中で瞬時に警鐘を鳴らした。 (逃げろ!) 否や、バイクのハンドルを握り、彼らに背を向けて駆け出した。 「姉さん、彼を追わないと!」  メイサの逃走を見て、即座に走り出そうとするミザールを、メラクはそっと制止した。 「問題ないわ、ミザール。あの先にはきっと、他の兄弟たちがいる。私たちは、ゆっくり行きましょう」  鉄の匂いを含んだ風が、二人の髪を揺らす。 「あの子は、決して逃げ切れない」
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