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がらんとした教室にそれは思いのほか大きく響いて、俺は内心少し焦ったのに、ようやくゆっくりと振り向いた彼女は驚いた様子もなくて、だから、もしかしたら、初めから気付いていたのかもしれない。
「おつかれ。もう終わったの?」
「そう。鍵返してきたとこ」
「バスケ部は早いね」
「体育館がしまっちゃうんだよ」
「そっか」
「お前は?」
「もうとっくに引退したもの」
そんなことは、知っている。彼女が度々夕方の教室に佇むようになったのはそれからだということも。
「ソフトボール部、弱いもんなぁ」
「まぁねぇ。練習はしたんだけどなぁ」
誤魔化すように少し笑って、彼女はまた窓の外に目をやった。その仕草で、彼女がもう会話を打ち切りたがっているのが分かってしまって、俺はどっと淋しくなった。
邪魔なんだ、俺は、今、この場所に。彼女の空間に。
分かっていたように思う。思うけれども、改めて思い知らされるのは予想よりずっと哀しかった。哀しくて、それでもうこれ以上、どう思われようと構わない気がした。
「なぁ」
「ん?」
「いつまでそうしてるつもりだよ」
「何が?」
「もうすぐ夏休みだろ」
「そうだねぇ。そういえば受験生だわ」
彼女は憂鬱そうに窓枠に頬杖をつく。
「夏休みが終わったら、卒業まであと半年なんだぞ」
頬杖を突いたままで彼女はこっちを見た。その視線がやけに真っ直ぐで平坦で、俺は思わず口ごもる。俺が何を言おうとしているか、勘のいい彼女はたぶん気付いている。
だから何、と。あなたには関係ない、と。静かな視線が言っているけれど。
俺は逃れるように目をそらす。関係なくたって、黙って見てるだけの俺だって苦しいんだ。
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