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「無駄なんじゃないのか。あいつ、彼女いるんだぞ」
「知ってる」
「あいつ、彼女の事しか目に入ってないんだよ。お前がここから見てる事だって、あいつは絶対気付いたりしないよ」
「たぶんね」
「やめたほうがいい、あんな奴」
重苦しい沈黙が降りてくる。グラウンドの歓声が遠く聞こえる。時折高く硬質な音が混じって、白く放物線を描いて消えた。
「あなたは、じゃあなんでやめないの?」
いつの間にか振り返っていた彼女がそっと沈黙を破った。
「私は、意思なんかじゃもうどうにもならない。分かってるけど、どうにもならないよ」
窓を背にして、影になって、顔がよく見えない。一面の夕焼けの中で、でも、彼女は笑ったように見えた。俯きがちに、照れたように、呆れたように、ひどく淋しく。
そんな彼女はとても綺麗だと、思っていた。
今まさに思い切りふられたのに、どこかぼんやりとそう思っていた。
確かに、もうどうにもならないんだ。
無駄だって、分かっていても。やめた方がいいって分かっていても。
もうどうにもならない。
この圧倒的な想いの前で、そんな冷静な判断は、まったく無力で。
彼女が誰を好きでも。
何一つ変らないんだ。
そう認めてしまった途端、さっき張り詰めた空気がふいに緩んでいく。
俺はゆっくり窓際まで歩いていって、彼女の隣に並んだ。
グラウンドで活動する部活も徐々に引き上げる頃で、まばらになった生徒たちの中に、見覚えのあるユニフォーム姿を見つけた。
「あいつさぁ、一年中焼けてるよなぁ」
「うん」
「どこがいいの?」
「うーん…」
「背も普通。顔も普通」
「そだね」
「俺だってさぁ、負けてはいないと思うんだよね。室内競技だから白いけど」
半ばマジで言ったのに、彼女が隣で小さくふきだしていた。
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