カフェの女

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※ ※ ※ 文明館で"風と共に去りぬ"を観た後、雄太はファミレスに入ってスズキユウタと話をした。海外での生活はどうだったか、どういう経緯で海外赴任の機会を得たか。雄太は自分でも意外なほどにすらすらと、目の前の若者に話してやることが出来た。しかしそのストーリーは、今の雄太にとっては他人事のようであった。過去の雄太は、今の雄太とはまるで違う人間なのかもしれない。そう考えた方がむしろ自然なことのように雄太には思えた。 もし過去の自分に会ったとしても、きっと彼が今の自分と同一人物であるということに自分では気がつかないだろう。 しかし結局その日、肝心のカフェの女の正体について、雄太は何ら手がかりを得ることが出来なかった。娘の同級生で、たまたま自分と同性同名の学生とほんの小一時間のあいだ話をしたというだけだった。 雄太はその後も毎日仕事の日にはあのカフェに通ったが、女が再び姿を見せることはなかった。 「俺は何をしているんだろうか。」 仕事から遅くに帰ってきた雄太はシャワーを浴びながら呟いてみる。鏡に映る自分の裸の姿がひどく滑稽に見えた。 寝る前にビールでも飲もうかとリビングに行くと、娘のユキがダイニングテーブルを占拠して大学の課題か何かに取り組んでいた。雄太はテーブルの端に座り、静かに缶ビールのプルタブを引く。 「最近、帰ってくるの遅いんだって?」 ユキはキーボードを叩く指を一瞬止めて、そしてまた先に進めた。 「バイトがあるから。」 ユキは少し間を置いて言った。まあそうなのだろうと、雄太は思う。大学生にもなれば、娘も家族の世界からどんどんと外に広がっていく。親としては寂しさもあるが、仕方のないことだとも思う。 「お母さんが心配してたからさ。」 「うん。知ってる。」 それからユキは雄太を見て言った。 「ママにとってはさ、きっとまだ私は子供のままなんだよ。」 娘の顔にはまだあどけなさが残っているようにも見えたが、やはり精神的にはもう子供の頃のユキとは違うようだった。スズキユウタがユキのことについて言ったことを雄太は思い出した。『ユキさんはお父さんに似てますよね。どこか捉え所がないというか。大人びているというか。』果たしてそうかもしれないと、雄太はノートパソコンに向かうユキを見て思った。 「そういえば、この前たまたまスズキくんという子にあったんだ。」 「スズキくん?」 「ああ。ユキの同級生にいるだろ?俺と同性同名の。」 ユキは少し考えるそぶりを見せてから、そんな名前の同級生はいないと断言した。 「いや、だってこの前会って話をしたんだけど。」 雄太はそれがいつだったか確かめようと財布の中を探した。ファミレスのレシートが残っているはずだったが、見つからなかった。代わりにカフェの女のレシートが出てくる。 "ひすい橋 夕方" 雄太は目を疑って何度も確かめるが、レシートに書かれたメモの文字が変わっていることに間違いないようだった。一度くしゃくしゃにした紙の皺も残っている。 「え?何?」 「いや、なんでもないさ。」 雄太は突差にレシートを隠した。ユキが訝しげに見るのを雄太はビールの残りとともにゴクリと飲み込んだ。
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