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あら、貴女また来たのね。ええ、今日はとてもいい気分よ。朝からお天気も良いし、たまに吹く風はちょっと冷たいけれど、お部屋の温もった空気を一掃してくれるもの。
こんな晴れた日はね、あの日の事を思い出すのよ。貴女、私の娘の事、ご存知? 中学生なんだけど、まだ幼くて、親の私が言うのもなんだけど、とても可愛らしい子なのよ。
今はどこに居るのかしら。自分のお部屋で、最近夢中になってる小説でも読んでいるのかしら。
あの子ったら、ずっと「お父さんと結婚する」って言ってたのにね。中学に入学してから、なんだか隠し事が増えたみたいで。こそこそ隠れて、お友達とスマホで連絡を取り合ってるみたいなの。
私もそれくらいの時分に、親に言えない隠し事があったわ。今思えば大した事ない秘密だったけどね。だけどその時には、中学生活の運命を変えてしまうような、とても大きな秘密だったのよね。
懐かしいわ。
ほら、そこの出窓に硝子玉が吊るしてあるでしょう? あれの名前はなんて言ったかしら。おひさまの光で、お部屋に虹色の光の粒をたくさん散りばめてくれるのよ。
あの虹色の光の粒と同じように、娘の時代には、眩しくて綺麗な秘密がたくさんあったのよ。
そうそう、この間ね。娘がね。「お父さんには内緒にしてね」って、秘密を教えてくれたのよ。今までなんでも話してくれたあの子の口から、 “お父さんには内緒”なんて言葉が出るなんて。私はビックリしちゃってね。ふふふ。
でも私はそのビックリを顔には出さずに、娘の話を聞いたのよ。そうしたら、あの子ったら、ほっぺたを桃色にして「好きな人ができたの」ですって。
私は直ぐにぴんときて「いつも話してくれる武弘君の事でしょ」って言ったら、「なんで分かるの?」ですって。あれだけたくさんお話してくれたら、分かるわよね。
可笑しかったなぁ。それから「お母さんも、好きな人居た?」って聞かれて。
私も娘に「お父さんには内緒ね」って、昔のキラキラ光る秘密を、こっそり話したわ。
不思議ね。うんと昔の事なのに、私まで中学生に戻ったようにお話したのよ。
それでも母として、女として、初めての恋をしたあの子に伝えたい事はちゃんと伝えたわ。
貴女は、今お幾つなのかしら?
あら、そうなの。じゃあ私の娘と同級生なのかしら。私の娘の事、ご存知?
貴女もいつか恋をするでしょうね。覚えておくといいわ。
好きな人が出来たら、その人を大切にしなさいね。人は嫌いな所は見たくなくても見えてきてしまうものよ。逆に良い所はよく見ないと、見えないの。
異性だけじゃなくて、お友達も同じよ。素敵な所をたくさん探しなさい。嫌な所は見なくていいわ。素敵な所が分かったら、相手を尊敬出来るでしょう? そうしたら、自然に大切に出来るからね。
日本に英語が入ってきた時、“愛してる”を意味する“LOVE”の最初の和訳がなんだったかご存知?
LOVEの最初の和訳はね。“お大切”だったのよ。
「あなたを愛しています」って言葉より、人を慈しむ意味では、「あなたが大切です」って言う方がしっくりくると思わない?
「お父さんには内緒」ってあの子が言ったのも、自分の事を大切にしてくれてる父親が、娘の恋心を知ってショックを受けたら可哀想だって気遣いでしょう?
可愛いわよね。
お父さんよりも好きな人が出来たけど、あの子はお父さんもちゃんと好きなのよ。大切なの。
少し休もうかしら。たくさんお話出来て楽しかったわ。ありがとう。
貴女、私の娘と同じくらいかしら? 私の娘の事を、ご存知?
またいらしてね。
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