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 それから今に至るまで、不快感は増すばかりだった。最初はふとした瞬間に鬱陶しく感じる程度だったのに、いつしか顔を合わせるのも避けるようになってしまった。  受け取った文庫本を鞄にしまおうとして、肘がぶつかりそうになる。慌てて身をよじった自分に、ふと首をかしげる。触れられるのも嫌になったのはいつからだろう。体重を乗せてしがみつかれるのが耐え難く感じるようになったのはいつからだろう。  そっと身を離す俺に気がつかないまま、ミサトは喋り続ける。彼女は、俺の前ではお喋りだった。俺を待っている間に読んでいた本のこと。飼っている犬のこと。授業中のハプニング話。喋るのをやめると、せき止められた話題で満杯になって、破裂でもしてしまうのだろうか。そう思いたくなるほどミサトはオチのない話を垂れ流し続ける。相槌など必要としないほどに。 「その先生は別に、わざとやったんじゃないだろ」 「違うよ。ぜったい、確信犯だよ」  単調な合いの手だけではよくないだろうか、とサービス精神を出して何事か述べてみると、必ずと言っていいほど否定の言葉が飛んでくる。最初からこうだっただろうか。それとも、いつからかこうなってしまったのか。  俺が立ち止まっても、ミサトはずんずん歩いていく。俺がついてくると微塵も疑っていない足取りだ。 「なあ、ミサト」  呼びかけて初めて、ついて来ていないことに気がついたようだ。振り返ったミサトは、しかし俺のところまで戻ってこようとはしない。 「どうしたの?」  ミサトは、俺のことをよく理解している。俺はそう思っていたし、ミサトもそう信じているのだろう。けれど、違った。気づいてしまった。ミサトは俺のことを理解していたんじゃなくて、指摘のふりをして俺を規定していたんだ。 「別れよう」 「なんで」  間髪入れず返ってきた問いかけ。考えて発した問いではなかっただろう。そもそも、問いですらないのだろう。向けられた瞳が俺を詰っていた。いつもそうだ。 「疲れた」 「勝手な理由だね」  どうせミサトにとって俺は劣等生なんだ。何を言っても否定する相手に、どうして言葉を尽くして説明しようとするだろうか。 「スバル君、すごく自分勝手だよ。そんな人じゃなかったでしょう」 「どうだろうな。でも、お前のことは最初から好きじゃなかったよ」  実際のところどうだったかは、覚えていないというのが正直なところだ。だが、そう言わないではいられなかった。言い捨ててすぐに背を向けたから、ミサトがどんな顔をしていたかは知らない。  ミサトとはそれっきりだった。卒業まで一度も話すことなく、大学進学を機に地元を離れた俺は同窓会に顔を出すこともなかった。
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