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「スバル、ミサトちゃんが探してたぞ」  関口の余計なお節介で、安息の自習室は失われてしまった。ホームルームが終わるや否や、誰にも声をかけられないうちに自習室へ駆け込んだ頑張りが台無しだ。 「俺、勉強してんだけど」  ため息をついて、抵抗してみる。とは言いつつ、既にシャーペンの芯はノートに押し付けて収めてしまっていた。俺が迎えに行かないと、ミサトは帰ろうとしないだろう。 「何? 放ったらかしなの? 彼女、かわいそー」  大げさにのけぞる関口。こいつとは席が前後なだけで大して仲良くはないはずだが、なにかとお節介を焼いてくる。ミサトのことを伝えにきたのも、完全に善意なのだろう。だからこそ、たちが悪い。 「次の試験がやべーんだよ」 「八割以上しか取ったことねえ奴の『やべえ』は信用できねえって相場が決まってんだよ」  関口の笑い声が自習室に響く。来年には受験生だ。そんな緊張感のなさで大丈夫なのかよ、と言いたくなる。 「ウザがってやるなよ。ミサトちゃんの方から告ってきたんだろ? スバルのことが大好きなんだよ」  めんどくさ、と言いかけて慌てて口を押さえる。 「大事にしてやれよ」 お節介を重ねた挙句、関口は意気揚々と去っていった。良いことをしたとでも思っているのだろう。おめでたいことだ。  どこにいるの、とメッセージを送ってしまうと、俺の方から求めてるみたいになる。それは癪で、意地になって足で探す。結局、見つけるまでに三十分近くかかってしまった。 「お待たせ」  ミサトは中庭のベンチに腰掛けていた。歩み寄る俺に気がついていたのだろう、すぐに文庫本を閉じて鞄にしまった。立ち上がり、当然のように右隣に立つ。俺は、左に掛けていた鞄を右肩に持ち替えた。 「先に帰っちゃったのかと思った」 「自習しようとしてたんだよ」  ごめんね、とは言わない。一緒に帰る約束などしていなかったのだ。ミサトは勝手に待っていただけだ。解きかけの問題が頭の中で巡る。あの解法は時間がかかりすぎる。もっと効率のいい解き方があるはずだ。  半歩先を歩くミサトが鞄を掻き混ぜた。 「あのね、スバル君におすすめしたい本があるの」  差し出されたのは、先程読んでいたのとはまた違う文庫本。 「良かったら読んでみて。あたしはもう読んだから、ゆっくりでいいよ」  読む前からわかった。この本は、俺の好みだ。逡巡ののち、受け取る。 「ありがとう」  ありがたくもないが、そう言うしかない。ミサトは俺の好みを完全に把握していた。だから、よく先回りをされた。「これ、絶対スバル君嫌いだよ」「スバル君には合わないよ」と、何かを選ぼうとするたびに言われる。決めつけるなよ、と不快に感じる俺の心が狭いのだろうか。 「どうしたの? スバル君、最近なんか変だよ」  険しい顔をしていたのだろうか。ミサトが顔をのぞき込んでくる。いかにも心配しています、というように歪められた顔が癇に障った。
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