フツウノセカイ

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フツウノセカイ

教室に入ると高瀬(たかせ)が俺の姿を見つけるなり近付いてきた。そして「おはよう。」と優しく笑った。 高瀬の後ろで数人の友達がニヤニヤしながら「おまえら朝からイチャつくなよ。」とからかうように言った。 高瀬は振り返り、「うるせーな。羨ましいだろ!」と大声で叫んだ後、少し恥ずかしそうに頬をかいた。 俺は驚いていた。 俺にとってフツウノセカイがそこにあったから。 「(わたる)今日暇? 俺部活休むからさ、どっか行かない?」 「え? 休んで大丈夫なの? 試合近いのに……」 「だって今日おまえの誕生日じゃん。好きな人の誕生日は祝いたいでしょ?」 大好きな高瀬からそう言われて嬉しくて泣きそうで、だけどそれよりもみんなの前でこんな話をフツウに出来ることが嬉しくて信じられなくて。 幸せな気分でふわふわとしていると、友達の1人が小さな声で話しかけてきた。 「なぁ、知ってる? 佐藤って女が好きらしいよ。」 「……そうなんだ。」 「そうなんだってそれだけかよ? 男が女を好きなんだぜ? おかしいだろ。」 俺は答える事が出来なくてごまかすように笑った。胸の奥がぎゅっと痛くなったのに、笑ってしまった。 俺たちを見ていた佐藤が近付いてきて言った。 「何がおかしいんだよ?」 「は? おかしいだろ? 男が女を好きなんてフツウじゃねぇよ。」 「俺にとってはフツウだよ。」 佐藤は小さな声でそう言って教室を出て行った。俺は佐藤の姿が見えなくなった後もずっと佐藤の事を考えていた。 さっきよりも、もっと胸が痛くなった。苦しくなった。泣きそうだった。 そこで目が覚めた。どうやら夢を見ていたようだ。ベッドからゆっくり起き上がると静かに溜息を吐いた。深く。深く。 俺にとってのフツウノセカイはみんなにとってはフツウじゃない。 もやもやとした気持ちを抱いたまま学校へ行き、教室に入った。 現実のセカイでは高瀬にとって俺はただの友達だ。 高瀬は俺を見つけるなり近付いてきて「おはよう。」と優しく笑った。俺も「おはよう。」と返した。いつもの何気ない会話がいつも以上に胸を締め付けた。 教室の角では佐藤が友達数人と好きなアイドルの話をしている。誰が1番可愛いとか、付き合いたいとか、いつも通りのフツウの話。 「昨日、夢見たんだ。」 俺は思い切って夢の話を高瀬にしてみた。もちろん俺と高瀬が恋人同士だった事は言わなかったし、高瀬の顔も見れなくて俯きながら話した。 「へぇ。不思議な夢だな。同性愛がフツウなんだ。」 「うん。夢の中ではそれがフツウだった。」 「フツウか。フツウなー。てかさ、嫌な夢見たな。」 胸の奥が夢の時みたいにぎゅっと痛んだ。痛くて、痛くて、思わず制服のシャツを握り締めた。 「嫌な夢……うん。そうだね。そうだよね。」 痛みを紛らわしたくて、シャツを握る手により一層力を込める。 「誰だよ。佐藤に酷いこと言った奴。まぁ夢だけどさ。」 「え……」 「ん?」 「いや、うん。」 「フツウなんて人それぞれなのにな。みんな自分だけのフツウがあるんだからさ。」 「な?」と優しい声で問いかけられて、俺は泣きそうになるのを必死に堪えた。高瀬を好きになって良かったって心から思った。 「渉? どした?」 「何でもない。」 「そ? あ、今日暇? 俺部活休むからさ、どっか行かない?」 「え……でももうすぐ試合……」 「そうだけど、おまえ今日誕生日じゃん。友達の誕生日は祝いたいでしょ?」 自分の目が潤んでいるのがわかった。堪えようとしても堪えられる自信がなくて、やっと顔を上げたのに、すぐに高瀬から目を逸らし腕で目元を拭った。 「ありがとう。」 少しだけ声が震えてしまった俺に、高瀬は優しい笑みを向けてくれた。 俺のフツウは俺だけのもので、高瀬のフツウも高瀬だけのもの。 フツウノセカイが他の誰かと違っても何もおかしくなんてない。 自分だけのフツウノセカイを大切にすればいいんだ。 そもそもフツウって何だ? fin
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