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最終電車
今日もまた最終電車が君を迎えに来る。
部活終わりのたった10分。
けれど僕にとってはかけがえのない10分間。
「じゃぁ、また明日。」
「うん。また明日。」
いつもの会話。いつもの10分。君との何気ない日々は僕にとってかげがえのない宝物みたいなものだ。
「あ、拓也明日暇?」
「えっ……」
「明日さ、暇なら俺ん家……あ、閉まるわ。後でLINEする。」
プシューと音がして、最終電車は君を連れて行ってしまった。
心臓がバクバクとして鳴り止む気配はない。
近くのベンチにふらふらと座る。
「名前で……初めて呼ばれた。」
顔が熱い。我慢してもにやけてしまう。
思わず両手で顔を覆ってゆっくりと深呼吸をした。息を吐き出し終わったと同時に震えたポケットに手を入れる。
スマホ画面に映し出された君からの着信のお知らせ。
パニックになりそうな頭と震える手でどうにかスマホを耳に当てがった。
「も、もしもし……」
「ごめん。LINEじゃなくて電話がいいなと思って。」
「でも、まだ電車じゃないの?」
「次の駅で降りた。あ、悪い、羽田中今電車ん中?」
「ううん。実は乗り遅れちゃって……」
「マジで? すぐ行くから待ってて。走ってく!」
「え? え?」
「顔見てはたな……えっと、拓也に直接伝えたい事があるんだ。今日、言いたい。」
電話を切っていつの間にか止めていた息を吐き出す。はぁはぁって息苦しい。胸の中がざわざわとわくわくでいっぱいになる。
話って何?
何でいきなり名前で呼んだの?
どうして言い直してまで……
直接伝えたい事って……
今日、いつもより目が合わなかったのには理由があるの?
「広輔……広輔……」
僕も名前で呼んでもいい?
僕もずっと言いたかった事を伝えてもいいの?
僕の後ろに少し遅れて最終電車がやってきた。
プシューと扉が開いて、暫くしてまたプシューと扉が閉まった。
ガタンガタンと通り過ぎる電車を背中越しに見送る。
ポツンとひとりになってゆっくりとさっきよりも長く深呼吸をした。
「電車、乗り過ごしてないじゃん。」
顔を上げると階段を降りてくる広輔が見えた。
僕ら以外誰もいない駅。響き渡る広輔の掠れた声。はぁはぁと荒い呼吸と一緒に近付いてくる足音。
「ここ、無人駅で良かった。」
「え?」
覆いかぶさるように抱き締められた身体は突然の事に驚いてビクリと震えた。
「ごめん。痛かった?」
「……大丈夫。」
「あのさ……俺……びっくりすると思うんだけど……」
「うん……大丈夫。」
「さっきからそればっか。」
「ごめん。」
「顔、見てい?」
「……うん。」
ゆっくりと腕が解かれて、すぐに視線がぶつかった。真っ赤な顔をした君と、僕はきっとおんなじ顔をしている。
「好き……」
広輔の口の形が「す」を形どる前に僕の声が先に音になった。
「え? え? 何で? え?」
「あ、ご、ごめん。変な事言って……」
「いや、大丈夫。全然大丈夫。むしろ嬉しい……けどびっくりした。」
「広輔の話は何?」
「え? 今、名前……」
「あ、ごめん! つい……ごめん。」
「いや、大丈夫。嬉しいから……って俺さっきから同じ事ばっか……」
恥ずかしそうに俯く君と僕。またきっとおんなじ顔してる。
でもね、お願い早く聞かせて。君の声で、君の言葉で。
最終電車がまた君を迎えに来る前に。
fin
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