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はじまりの合図
ずっと気付いていた。
気付いているのに気付いていない振りをした。
し続けた。
もうすぐ2年になる。
これからもずっとこのまま俺を好きでい続けるつもりなの?
だとしても、そうでなくても、俺は別にどっちでもいいけど。
どんなに思われたって俺はおまえの気持ちには答えられないから。
「赤江ー。」
「あ、おはよ。」
「はよ。寒いなー。」
「ね。」
俺たち以外誰も居ない教室。いつも決まって1番乗りの赤江とだいたい2番目の俺。
「今日最悪だなー。1時間目からテストとかさ。」
「うん。そうだね。」
「嘘つけ。」
「え?」
「赤江って数学得意だろ? 教えてよ。今日のテストって何出るの?」
「得意って訳じゃ……えっと、何の問題が出るかまではわかんないけど……あ、でも範囲はたぶん……あ……」
慌てた様子で急いで教科書を取り出すもんだから、机がガタッと揺れて置いてあった開いたままのペンケースが床へと落ちた。
ペンやモノサシやらと一緒に飛び出した消しゴムがコロコロと転がって、俺の足元で止まった。
「はい。」
「あ、ありがと……」
手渡した時に一瞬だけ触れた人差し指がやけに冷たくて、顔も首も真っ赤なのにって思わずおかしくて笑ってしまった。
赤江と毎朝こうして適当な会話を交わすようになったのはいつからだろう。1年の時も同じクラスだったからもう2年近くか。
良い加減、俺と話す時に赤くなるのはやめてほしい。それから、殆ど目を合わせてくれないのも。
なんて、別にいいんだけどね。それはそれで赤江っぽくて嫌いじゃないし。
「何?」
「いや、何でもない。で、どこ出るの?」
覗き込むようにしてわざと赤江の顔に近付いた。もう十分に赤い顔が更に赤くなる。このままで居たら頭から煙でも出るんじゃないかと思ったらまた笑いが込み上げた。
「赤江って面白いよな。」
「え? どこが?」
「んー……どこって言われるとわかんねぇけどさ。」
「何だよそれ。」
赤江はふっと笑って、再び教科書に目を落とした。長い睫毛が頬に影を作っている。白く華奢な指が文字をなぞる。
「たぶん……この辺りの問題は出ると思う。」
「ん? ここ?」
赤江の指が辿った文字を同じように辿ってジッと赤江を見つめた。目が少し潤んでいる。
耐えられなくなったのか赤江はすぐに目を逸らした。俯いて小さく息を吐いて。
「うん。わ、わからないとこあったら聞いて。じゃ、俺も復習するから。」
赤江は俺と目線は合わせないまま、俺との時間を終わらせるようにパタンと教科書を閉じた。
自分の席に向かう前に赤江の華奢な背中を見つめた。まだ少し首と耳が赤い。
「なぁ。」
「え? わからないところあった?」
すぐに振り返った赤江と目が合って、みるみる顔が赤くなっていくのが面白くて仕方ない。
「いや、これやる。」
「え……」
「さっき、指冷たかったから。テスト範囲教えてもらったお礼って事で。」
「あ、ありがとう。」
手のひらに乗せたカイロを赤江は嬉しそうに受け取った。
なんだか顔がニヤける。赤江は面白い。見ていても話していても飽きない。
出来たらもっと仲良くなりたいとも思う。
もっと笑って欲しいし、もっと……
ん?
んん?
え?
俺、今何考えた?
「さ、坂口くん……」
「え?」
「もしよかったら、また一緒に勉強しない?」
「あぁ……うん。」
「やった……」
嬉しさを滲ませながらの呟くような言葉と、さっきまでとはまた違う、頬を赤く染めてはにかむ姿から目が離せなくなった。
えーと……赤江ってこんなにかわいい顔してたっけ?
胸の奥がトクンと鳴った。
何かの、はじまりの合図みたいに。
fin
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