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八月最後の日曜日の夜。大勢の人の笑い声が、肌にまとわりつくような熱気に乗って耳元まで届いてきた。その喧噪に引き寄せられるように、私は公園で開かれているお祭りへと向かっていた。
傍らを浴衣姿の女の子が駆け抜けていった。薄い桃色の生地に花柄をあしらった、可愛らしい浴衣だ。背丈は小学生くらいだろうか。走りに合わせて頭の後ろで結んだ髪の毛がひょこひょこ跳ねている様子に、つい見入ってしまった。
あの子が幼い頃、よくポニーテールを結ってあげていたことを思い出す。
「お母さん、早く!」
女の子が突然振り向いて手を振った。
一瞬、私に向かって手を振っていると錯覚して、思わずその場に立ち止まってしまった。少し後ろを歩いていた人がぶつかりそうになり、舌打ちしながら私の横を通り過ぎて行った。
女の子に手を振り返そうとしたそのとき、「こら、あんまり走ると転んじゃうよ」と、背後から女性の声が聞こえてきた。愛おしさを包んだ、穏やかな声だった。
女の子は「お母さん、早く早く!」とぴょんぴょん飛び跳ねながら、手を一層ぶんぶん振った。
彼女は自分のお母さんに向かって手を振っていたのだ。当たり前のことなのになぜか落胆した私の横を、お母さんと呼ばれた女性が通り過ぎた。女の子とお揃いの、しとやかな浴衣姿だった。
お母さんが女の子に追いつくと、二人は手を繋いで人ごみの中に消えていった。
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