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劣情・扇情
――――僕はおかしい。
そう気づいたのは、遅くは無かった。
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愛とは何だろうか。
恋とは何なのだろうか。
自由とは何だろうか。
「やっぱり、分かりそうにない」
僕――直海 慶事は、誰もいない自習室にて考えていた。
机の上に積み上げられた、恋愛に関して書かれたノベル作品がその証拠であり、僕は高校二年と言う半ば大人の世界に半分足を突っ込んでいる年齢であったが、そのあと半分近い学生時代を恋愛とは何かという哲学じみた物に無駄に時間を割いていた。
図書委員と言う特権を使い、隙間時間を全力で恋愛物のノベル作品に費やしてきたが、どれもこれも、僕自身の心二は響かない。作品が悪いというわけでは無い。ネットの評価や他人の評価から見て、超が付くほどの大人気恋愛作品も読んでみたが、涙の一滴も出て来やしない。
感動する恋愛作品だろうが、砂糖が口から漏れる様な恋愛作品、官能的な描写が上手く書かれている恋愛作品などの多くの恋愛作品を呼んできたのだが、どうもその恋愛と言う物にはピン、と来るものが無い。
別に涙が枯れ果てているとか、心情描写が読み取れないと言うわけでは無い。
どうも、恋愛と言うジャンルになるだけで、知能指数がだだ下がりするだけであり、他の文学などに手を出そうとも理解しようと思えば、理解できる。
なのに、何故か。恋愛だけは理解できない。
本当に謎だ。
「恋愛って、何だろうか?」
「何言ってんの?」
「あっ」
人がいた。先程まで、誰も言なかったはずの自習室に人がいた。
と言う冗談はそこまでにしといて、入ってきた人物、黛 佳音と呼ばれる女子高生は、その手に勉強道具を持ちながらも、冷たい視線を僕の方に向けてくる。
「居たんですか」
「居たんですかって、さっき入ってきたばかりなんだけど。それよりもさっき言っていたこと何?」
「さっき言っていたこと?」
「恋愛が何だろうか、みたいな奴」
「あぁ、聞かれていたの」
別に聞かれて恥ずかしい事では無いが、何故かそのように言われると僕が何か恥ずかしい事をしたような気がする。
僕がそんなことを考えていながらも、佳音は手に持った勉強道具を机の上に置き、僕の隣の席に座る。
「まぁ、別にそんなことはどうでも良いけど、なんでそんなことを考えていたの?」
「………さぁ、なんでだろうね」
佳音にそう言われるが、僕自身、その質問になんて答えるべきなのか分からなくなる。
別に恋愛と言うジャンルが好きなわけでは無く、興味があるというわけでは無い。なのに、なぜか恋愛系のライトノベルやノベル文芸ばっかりを読み漁っている。これが理由なしで、語れるのだろうか。
人が行う行動には、きちんとした行動理念、行動理由が設置されるはずなのに、僕がやっている事には何一つ理由らしい理由が無かった。
「自分でも分からないって、気持ち悪」
「そこまで言う?」
気持ち悪いはさすがにないはずなのに………。
僕はついつい、佳音の辛辣な言葉に胸を痛めるが、これが日常的におこわ慣れているとなると、慣れが発生する。
別に罵られて喜ぶ訳ではない。本当に慣れただけだ。痛みや暑さだって毎日毎日受け続けるとそれに人間の体が対応するのと同じ感じだ。
だがその定説を唱えると、やはり僕は虐められて悦ぶ趣味を持ち合わせていることになる。あれ、これで合っているのか?
「高校に入ってからずっと、恋愛ものの作品読み続けているけど飽きない?」
机の上に次々と勉強道具を広げる佳音は、そう言いながらも筆箱からシャーペンを取り出し、参考書を広げ始める。
「いや、飽きないと言うよりは分からない、と言った方が正しいのかもしれない」
「分からないのは、飽きているといると変わらないじゃないの?」
「いや、違うよ。飽きることは、慣れた結果、その行動さえも面倒くさくなるけれど、分からないという事は、その知的好奇心の発生源だから。全然別だよ」
「わぁ、出たよ。理系脳。数学得意じゃないくせに」
「確かにそう言われるとそうだけど、佳音もじゃないか」
「煩い。今度こそ国語の点数トップになる」
「はいはい、なら、僕は社会と言う科目でトップになり続けるよ」
「クソがっ」
女性がそんなことを言うんじゃない、と僕は言うと佳音は机の上に広げる参考書とノートを眺めながら勉強をし始める。
確かに理系脳と言われるけど、理系脳とは少し違うはず。納得できる、分かりやすい論理的に話してもらわなければいけないだけの性格だ。当然、数学なんてできないし、計算を見ただけで一秒近くフリーズがかかるような人間だ。これで理系脳と言われては、理系の人たちに迷惑だ。
とはいえ、僕自身、このような考え自体余り好まないし、嫌いの類に入る。
過去に家族からうざい、と言われてから大人しくしているつもりなのだが、つい出てしまう。本当にどうにかしたいものだ。
とそのような事を考えながらも、僕は手に持ったライトノベルを再び読み始める。当然、恋愛ものだ。
「なぜ、こうなる?」
すると、僕は読み続けたいた恋愛小説に疑問を抱く。
主人公がなにより、鈍感な所やいざと言う時に飛び出さないヘタレさ、何よりどうしたいのかという行動理念が理解できない。それは主人公だけではない。主人公の辺りにいるヒロイン達や人物たちが理解できない行動に頭を悩ませる。
ドキドキなどと言った、感情の昂ぶりや変化などは僕の中では生まれない。
何が、したいんだ?
何度も何度も、同じような理由で読み返してみて、読むたびに理解ができなくなる。
理解をしようと必死になるたびに、僕の中で意味の分からない方向に思考が物語の進行が飛んでいく。
結局、僕にできるのは恋愛ものを読むだけか。理解ができないからこそ読むのに、呼んでも他人の気持ちなんてどれほど頑張っても湧かないだけだった。
「本当に、意味が分からない」
人の気持ちが再確認させる。
人の考えが理解できないと再確認させられる。
人間味のある恋愛を見せられるたびに、馬鹿らしいと思ってしまう。
故に、恋や愛が分からない。人間の絶頂になる場面が理解できない。
ただ残されるのは哲学的な大きな疑問だけ、理解しようと必死に足搔こうとする度に苦しくなっていく。
意味が分からなくて、本当に苦しくなっていく。
「止めよ」
隣で必死に勉強をしている佳音の事を無視するように、僕は読んでいた。いや、もうここまで来たら持っていたとしか言えない恋愛もののライトノベルを栞を挟み閉じると、僕は何も無かったかのように置いてあったバックの中に本を入れていく。
「もう帰るの?」
「うん、別に用も無いしね」
「それは読み切らなくていいの?」
「………また読めるよ」
帰り支度を済ませようとしていると、佳音はその顔を僕に向けずに目の前の勉強道具に向き合うように話しかける中、僕は手に持っていた一冊の本をそのまま、バックの中に詰め込む。
「じゃあ、帰るわ」
「どうぞ、お先に」
「んじゃ、また明日」
挨拶を済ませると、僕はそのまま、自習室から出て行き帰路に着く。
外は既に日は沈み、肌寒い空気が僕に吹きかけてくる。
「日が沈むの、早いなぁ」
近くに置いてあった時計には、五時三十分に針が刺されており、自身の中にある体内時計を修正しようと再確認させる。
薄暗い外套に照らされる半ば整地された田舎道を静かに歩いていくと、目の前に見た事ある駅が入る。
いつも、通行に使用している学校からの最寄り駅で多くの学校の生徒が利用される場所なのに、無人駅と言う田舎町らしい形をしている。
「もうそろそろ来るかな」
駅に乗り込んだ僕はそのまま誰もいない街灯の下で静かに靠れると、カンカン、と甲高い踏切の音が鳴り響く。
それを合図に駅で待っていた生徒たちは静かに乗車口へと並び始める。懐かしきディーゼル機関車がやって来て、僕達のいる駅に泊まると、その重たい鉄の扉が開き、乗車していた人たちが僅かながらも降りていく。降りて行ったことに確認をした生徒たちはそのまま、列車の中へと乗車していき、僕もそれに付いて行くように乗り込んでいく。
それからは大きな音を立てながら列車が揺れ、目的の場所に向かってくれる。
十分近く経ち、最終駅の場所に着くと、僕達は一斉に列車の中から降り、大きな駅内を歩き続けるが、多くの人たちはこの大きな駅はただの中継点であり、乗り換える場所でしかない。
その一人である僕は、さっさと電車を乗り換えると、バックの中から一冊の恋愛もののライトノベルを取り出す。
「もう一度読むか」
それは先程学校で理解できなかったあの恋愛もののライトノベルだった。
先程、栞を挟めた所から再び僕は読み直してみるが、やはり分からない。理解ができない。
出来な程の、僕の中ではある状況風景が浮かび上がる。
『息子さんは、少し人の感情とかに疎い一面があります。ですから少し、本を読ませた方がよろしいかと』
『えぇ、分かっていますが、慶事はこう見えても本を読んでいるんです』
『分かっております。校内でも数少ない読書数千冊以上の子ですから………ですが………』
『………』
中学の三者面談。
先生と僕の母さんが話している姿を思い出す。
受験期の三者面談の頃で、国語の現代文の成績が悪いということで話し合っている風景だったが、現代文以外では一般生徒よりも成績が良かった。だが現代文だけは、僕の中では成績が悪かった。
近代文学は大体わかるのに、現代文学の複雑さになると、一瞬で僕の脳内では酷く混乱していた。
人の信条描写を読まなければいけない、作者の込めた理由をしなければいけない、答えがあやふやな現実に私は現代文学と言うジャンルがとても得意にはなれなかった。
確定された人の心情風景や自然の在り方、政治の状態を密かに読む古文と違って、複雑な人の想いを読み取る現代文は僕にとっては苦難の道だった。
「本当に、分からない」
本の中にいる人物たちが一体、何を考えているのか。何をしたいのか。
それを読んでいる僕自身、何がしたいのかさえも理解できなかった。
電車に揺られ、意味の分からない恋愛もののライトノベルを読み続ける。他人の視線や声なんて聞こえないように、静かに揺られ続ける。
『○○駅~、○○駅~、右の扉が開きます。ご注意ください』
電車に揺られ続け、十分近く経つと、車内に目的地となる名前のアナウンスが流れる。
僕はそのアナウンスを聞くと、手に持っていたライトノベルに栞を挟み閉じると、バックの中にしまい、電車が止まるのを待つ。
『○○駅~、○○駅~……』
電車が止まり、駅のホーム内に聞きなれたアナウンスと独特のメロディーが響き渡る。
それを合図にするように、僕は電車から降りると、人の波の中に飲まれる様に、歩いていく。
ホームを抜け、駅内を抜け、街灯に照らされた暗い帰路をただ、何も思わず歩いていく。
「ただいま」
そして、家の扉を開くと、そこには明るい光と馴染みある優しい香りがする。
小さく帰りの挨拶を済ませると、家の中にいる住人に気付かれない様に静かに自分の部屋に向かう。
「お帰りなさい。慶事」
「あ、た、ただいま」
だが途中で台所で料理をしていた母さんにバレてしまった。
足音一つも立てていないはずなのに、何故かバレた。
「もう、帰ってきたのなら、ただいまの一つは言ったらどうなの?」
「言ったよ」
「む、そうかしら」
「料理に集中していたから分からなかったんじゃないの?」
「………そうかもしれないわね」
てへっ、と言わんばかりに母さんは着ていたエプロンをユラユラと揺らしながら、台所に戻っていく。
僕の母、直海 夕子は今年、五十近く荷いるというのに、息子である僕自身さえも綺麗だと思えるほど、その肌や若さは衰える事は無かった。十年近く同じ屋根の下で生活してきたが、その数型には何一つ変化が無かった。
だからこそなのだろう。
僕がおかしいのは、
母と言う形を一人の異性として見てしまう。
優しく、息子の僕でさえもいけない感情を抱かせる熟れいた体に、衰える事の無い性格と若さ。故に僕は狂いそうなほど、母を一人の女性として見てしまう。
女性として見るべきことは大事なのか、一人の親として見るべきなのか、分からない程、僕は可笑しくなっていく。
「これだから会いたくなかったんだ」
漏れる言葉。嘘ではない事実。心の奥底から流れた感情。
フィクションではない、何よりも現実。このような劣情に抱きたくないがゆえに、必死に母から離れて生活していたはずなのに、相手側はそのような事を考えてはくれない。
それに、薄々感づいていた。
僕が普通で、平常で、平凡でないことが、僕自身、感づいていた。
既に可笑しくなっていることを、だからこそ、普通になろうとし、常人の恋愛ものの小説を読み続けたけれど、元より普通でない人間が普通の恋愛ものを読んでも見ても理解ができない。
「………苦しいな」
胸の中が張り裂けそうだ。いや、このような劣情を抱くなら張り裂ける方が尚更ましなのかもしれない。
だからこそ、早く大人になりと言うという欲求が増し、この場所から逃げ出したい。
でなければ、狂ってしまう。常人ではなくなってしまう。必死に耐えてきたものが無くなってしまう。
「あ、片付け終わったら早く準備しなさいよ。今日のご飯はケイちゃんの大好きなカレーだから」
そうして自分の部屋に出て行こうとする僕に対して、母さんは無垢な笑顔で僕にそのような事を告げる。
優しい言葉を、異性としてではなく、一人の子供としての言葉を。
あぁ、僕は本当に可笑しくてしょうがない。
劣情さえも許されないはずなのに、僕は僕を許せない。
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