EP.2 夢の日のドラマ〜Thanks for the Dream〜

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夜9時―― 先程のカップルが帰ると、店内に客はいなくなった 『…………』 『…………』 よく目にする光景―― 『まぁ~〈森と泉の隠れ家〉が……ウリだからね』 その都度、口に出される葉山の言葉 『…………』 『…………』 土曜日の夜には切なく響く 『…………まぁ~最初からこんなもんだったよ』 苦笑いを浮かべる葉山の横顔 『……………』 思いきってエリは口を開く 『………あの、マスター』 『ん?』 『私……マスターにお世話になってもうすぐ……1年になりますよね……』 『あぁ~もうそんなに経つかな?』 葉山はグラスを拭き始める 『私……なかなか仕事に就けなくって……ここで働かせてもらい始めたのが3ヶ月前で……』 『どう?慣れた?』 グラスの汚れをチェックしながらエリに尋ねる 『はい……とっても……マスターは親切ですし……いろんなお客さんと知り合えたりで楽しい仕事だと思います』 暖かい表情で応える 『…………』 しかし、すぐに――真剣な面持ちに変わる 『でも……私、このままで……いいのかな?って……』 『…………』 『ホント人に甘えてばかりで……自分の道を……進めてるのかな?って……』 『…………』 葉山はグラスを拭く手を止めた 『…………』 『………それじゃ……エリはこの仕事――お手伝いか何かの気持ちでやってたのか?』 『え?』 『――だとしたら残念だな』 『………マスター……………敦夫……おじさん』 『俺はエリが姪っ子だからって面倒みてるわけじゃないんだ』 『……………』 『この仕事に少しでも生きがいをもってくれたらいいなって……そう思って勧めたんだ』 『……あの……私……』 『この仕事……楽しくないのかい?』 『楽しい……けど……でも……』 『じゃあ続ければいいよ』 『…………おじさん………』 『エリ……一つだけ言っておくよ』 『…………?』 『お前は誰にも迷惑をかけてない』 エリを強く指差す 『……………』 『おっと!もうこんな時間か!エリ――そろそろいいよ』 『………あっ――もう9時........』 『渚ももう帰ってきてるし、きっとお腹空かせて待ってるかな――エリ、ヨロシクな』 『………はい!』 その返事は 迷いに包まれながらも少しだけ前に進んでいける返事だった―― 夜9時30分―― 葉山邸―― 小高い丘の分譲地にある一軒家 誰もが憧れるマイホーム そんな憧れがまだ色褪せていない白塗りの一軒家 父と娘――二人が住むにはあまりにももてあましてしまう空間ではないか―― エリは常々そう感じていた 『ただいま』 鍵が開いている玄関 その玄関に置かれているスニーカー 「ただいま」を告げる相手がいることを示している。 『渚ちゃ~ん、遅くなってゴメンね~』 リビングに〈待つ人〉の姿は無い 『………?』 辺りを見渡し 階段の近くまで歩み寄る 『ご飯作るからね~!』 2階に向かって声を上げる 『……………』 返事は無い 『渚ちゃ~ん!もうご飯食べてきちゃったかな?』 階段をゆっくり昇りながら返事を求めてみるのだが、なかなか返っては来ない “おかしいな?いつもなら返事のひとつくらいするのに……” 部屋のドアの前に立つ 『……………』 おせっかいだと解っていながらも、気にかけてやりたくなる―― 〈コンコンコン〉 『渚ちゃん!いるかなぁ~?』 〈「――いるよ!」〉 返事はドアの向こう側から間髪入れずに返ってきた 『ご飯食べた~?』 〈「…………」〉 続いて即答は無く 『遅くなっちゃってゴメンね!今、作るからぁ~』 〈「――――いらない」〉 『…………?』 〈ガチャ〉 ふいにドアが開き 『食べたくないから……』 『―――!?』 現れた渚―― エリは少し驚いた 目を赤く腫らしている 『どうしたの?渚ちゃん?』 『いいから――ほっといて』 〈バタン〉 すぐに部屋の中へ引っ込んでしまう 『…………』 エリはどうすることもできず 『…………』 ドアを改めて叩こうと挙げた手を 『…………』 ゆっくりおろした “渚ちゃん………” 高校生という多感な年頃 接し方が難しい事は今までだって十分に解っていたつもりだ しかし 実際に対峙してみると 何をどうしたらよいのか?解らない―― 相談にのってやれればよいのだが―― 友人として 兄弟姉妹として 親子として 色々な立場があるだろうが エリ自身、それが、よく解らないのだ “こんな時……お母さんなら……どうするの?” 一番身近で答えを導いてくれる存在―― その存在を早くから亡くしたエリには解らなかった “渚ちゃん……” そして、ドアの向こう側にいる彼女もまた同じ境遇であり―― 『……………』 歯がゆさを噛み締めながら引き返す…… 今の自分にはそうするしかできなかった…… 夜11時―― エリは家事を終え、部屋にいた 『…………』 ベッドに腰掛けながら 1枚の写真を見つめる―― 遠い昔の―― 自分が写っている写真 “…………” その傍らに優しい表情で笑っている二人 “…………” 思い出が残るモノ―― 今までその全てが辛かった しかし 〈あの日〉自分の中で何かが変わったような気がした 〈あの日〉〈あの場所〉で〈あの曲〉を聴いた瞬間から何かが変わったような…… それから今まで避けてきた思い出にも少しずつ向き合えるようになってきたのかもしれない 『…………』 そんな中でこの写真は特別な気がした エリの記憶の中で 一番最後の思い出だから 『……………』 机に写真をそっと置く “……………” その写真が置かれた机の上にある小さなオルゴールがエリの目にとまる そっと手にとり―― ゆっくり回す―― 〈🎵Suger,Suger,ya ya,petit choux🎵〉 『……………』 悲しい時 寂しい時 〈🎵美しすぎるほど🎵〉 このオルゴールを回すだけで…… 不思議な事に迷いが少しずつ消えていく 〈🎵Pleasure,pleasure,la la,voulez vous🎵〉 明日からまた頑張ろうと―― 背中を押してくれるように―― 〈🎵忘られぬ日々よ🎵〉 『おやすみなさい……』 オルゴールに語りかけるように――つぶやいた
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