EP.1 海の日のドラマ〜素敵な未来を見て欲しい〜

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2009年7月20日―― 雲間から見える青い空 蒸し暑い熱気と爽やかな風 それぞれが交差しながら季節の境目を示す祝日の正午―― 〈ジージー……ジー…〉 名古屋市郊外にひっそりと静寂に包まれた空間がある 都会の喧騒とはかけ離れた場所―― 〈ジージー……ジー…〉 そこでは、蝉しぐれがせわしなく響くのだが、その響きはどこか風情があり、心を落ち着かせる ここは霊園 『…………』 墓石の前に佇んでいる一人の女性―― 彼女の合わせた掌には、じっとりと汗がにじんでいる 時折、頬から首筋へも伝う汗―― それを拭おうとすらせず、彼女は瞳を閉じていた 『…………』 やがてゆっくりと目を開ける 視界に飛込む黒光りの墓石が、まぶしかった 『…………』 そこに白地で刻まれた名前を穏やかに見つめる “お姉ちゃん……” 《栞 享年二十三 才》 何度も何度も見つめてきた石に刻まれたその文字 あれからいくつの季節が過ぎただろう――? 夏が過ぎ――秋がいつの間にか訪れ――寒く長い冬のあと――まちわびた春がくる 何度も季節を乗り越えてきたはずなのに 《栞 享年二十三 才》 その文字は変わりなくそこに刻まれ続けていた 『……………』 “お姉ちゃん……憶えてる?” その文字に微笑みかける “私ね………” フッとひと息つき目を伏せる “今日……誕生日なんだよ” 『…………』 《栞 享年二十三 才》 『私……………二十才に……なったんだよね』 思わずつぶやいたその一言は、どこか嬉しさの中に、もの悲しさを秘めているかのようだった 『……………』 〈ジージー……ジー…〉 『………!』 “あぁ~もうダメダメ!何やってんの、私……こんなんじゃ気が滅入っちゃうよね” しゃがんでいる膝をくるりと後ろに向けると、今日のために持ってきた“あるもの”を持ち上げた 『よいしょっと』 そして、そのまま正面に向き直ると、その“あるもの”を地面に置く 『じゃ~ん♪持ってきちゃった』 その置かれたもの―― 『お姉ちゃんのCDラジカセだよ~♪』 昔ながらの大きめのCDラジカセ 『お姉ちゃん、こんなところじゃ退屈だもんね』 ラジカセの黒いボディが陽光に照らされ、いつもよりも一段と眩しく映る “……………” ラジカセに手を置く 『コレもお姉ちゃんに会いたがってたんだよ』 “…………” ――『ねぇ海、この曲いいと思わない?』―― 『………やっぱり聴きたくなるよね』 一緒に色々な曲を聴いた、色々な時間 今思えば、そのどれもが、至福の時間だった ――『私、この曲好きだなぁ~』―― 『一緒に聴こうね……』 ずっと聴いていたかった ――『サザンが一番好き』―― 『……サザン……』 バッグからCDを取り出す “お姉ちゃんと一緒に聴きたい曲だよ” そして、それをプレーヤーにセットする。 “一緒に聴こうよ” ためらいなど無く――海は真っ直ぐに【再生】ボタンを押した。
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