EP.3 風の日のドラマ~Good-bye to yo~

2/12
前へ
/42ページ
次へ
2005年6月25日―― 大きなモノを失った―― 『……………』 人はあまりにも認め難い現実に直面した時―― 思いもよらぬ行動をしてしまう 〈ドクドクドク〉 ケータイのボタンを押す指が勝手に震えはじめる “俺が……俺が伝えなくちゃいけないんだ” 自分に言い聞かすように 震える指をなだめるように やっとの思いで発信ボタンまで辿り着く 〈プルルルル……〉 これで3度目の電話だった 〈プルルルル……〉 その呼び出し音が鳴る度に 〈ドクドクドク〉 心臓の拍動が全身に広がっていく 〈プルルルル〉 “早く!早くでてくれ!!” 〈プルルルル〉 “………頼むから早く!” 『…………』 思わず天を仰ぎ―― 空いた右手で両目を覆う 暗くなる視界 瞼の裏側で 想像さえつかない暗く見えない未来と 〈プルルルル〉 無機質な電子音の現実が奇妙に交錯している 〈プルルルル〉 指の切れ間から微かに差し込む光 病院の白壁が陽光を反射させ、まばゆく映る 『…………』 ―病室― ―ベッド― ―最後の言葉― ―死― その白壁の向こう側にそれらは確かに存在していた “……………” 〈プルルルル〉 その白壁を上へ上へと目を移すと 青が一面に鮮やかに展がっている 『…………』 〈プルルルル〉 その一瞬―― 〈ヒュー……〉 風が吹いた 〈プルルルル……ブツ〉 ――【――もしもし――?】―― 『――――!!』 ――【誠か?】―― 電話口の相手―― ――【なんだよ……こんな朝っぱらからさぁ~】―― その彼の声はあまりにも日常的なものだった 『ヒ、ヒロシ……やっと…繋がったか……』 ――【あ、悪い悪い……ちょっと寝ちゃっててさぁ……】―― 〈ドクドクドク〉 『……ヒロシ……』 言葉を見失いかける―― 『……お、落ち着いて……きくんだぞ……』 〈ドクドクドク〉 今、告げる言葉の大きさ―― ――【………?】―― 『……栞ちゃんがな………』 ――【………え?……栞?】―― これから幸せの灯を消してしまう 『栞ちゃんが……今朝………』 もうその灯は二度と灯すことはできないだろう…… ――【…………】―― 『亡くなったんだ』 目的の言葉を告げ 瞳を閉じる ――【…………】―― 『…………』 “ヒロシ……俺が全部……受け止めてやるからな……” 呪文のように胸の内で唱える ――【…………】―― 『……………』 ――【……意味が……分からないんだけど……?】―― 『ヒロシ……』 “……俺が全部……” ――【……本当の……事なのか……?】―― 『………本当だ』 “俺が………” ――【冗談……だよ……なぁ……?】―― 『……ヒロシ……』 “俺に…………” ――【冗談だよなぁ―ッ!!!】―― 『…………』 “……できるのか?……俺に……” ――【だって!だってあんなに元気だったんだぞぉぉ!!?】―― 『…………』 ――【昨日もあいつと会ったんだぞぉ!!?】―― 『…………』 ――【何で!?何で、死ななくちゃいけないんだよぉ!!?】―― 『…………そ、それがな………』 人はあまりにも認め難い現実に直面した時―― 思いもよらぬ行動をしてしまう 『急に容態が悪くなったんだ……』 “……………” 【彼女は自ら命を絶った】 その真実を告げられなかった 『ヒロシ――とにかくすぐに来るんだ!!』 〈ピッ〉 いたたまれなかった 〈ツーツー……〉 耐えられなかった 〈ツーツー……〉 言葉のやりとりだけで現実を再現する―― その何げない行為が とてつもなく怖かった 『…………』 電話口の向こうのヒロシを想像する余裕すらなく 一方的に切ってしまった 『…………ちきしょう!!』 〈ダン!〉 病院の駐車場のアスファルトに靴底を思いきりぶつける 何かを動かそうとするかのように 『…………』 けれど何も動かずに 『ちきしょぉ……ちきしょぉ……』 ただ 涙が溢れてくるだけ 『……くっ……く……』
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加