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葬祭場のメインホール
まもなく告別式が行われる慌ただしい時間
次々と現れる参列者にお辞儀と挨拶を交わす喪主――栞の父
悲しみを受け止める時間すらないのであろう――
そのような素振りすら見せずせわしない
傍らに寄り添う栞の母は、その分の悲しみを一心に引き受けたかのようにうつ向き――やつれているように見える
あれこれと指示に追われているのは親族の代表とおぼしき年配男性
祭壇と花が並び――
中央にある小さな遺影
そして、棺――
すべての光景が、これからここで行われる現実を形式的に示している
『…………』
入口通路――
ホールの様子を目の当たりにした誠は言葉すら出ず立ち尽くしかなかった
『…………』
そんな光景を少しでも避けたくて――視線をそらす
『…………』
振り向く先にはロビーで待っている人々
その中にいる
ヒロシ――
『…………』
彼は、ロビーの椅子に腰を下ろし、前屈みで両膝の上にひじをつきながら頭を伏せている
もう二度と顔を上げないのではないか?
そう感じてしまうほどに
『…………』
バスの車中からずっとあの様子だった
“………ゴメンな……ヒロシ……”
自責の念が胸の底をえぐるように覆う
“俺が………もっと早く伝えてやれば……”
取り返しのつかない事
それをしてしまった自分には何をどうすることもできない
ヒロシに近付く事すらできずただ見守るしか……
“俺は……なんて無力なんだ……”
奥歯を食いしばる――
拳を握りしめる――
そうこうしていると――
『……………?』
塞ぎこんでいるヒロシに
近付く影――
『……………!』
その近付く影はヒロシのすぐそばまで来ると――歩みを止めた
その影は
『…………』
黙ったまま悲しげに彼を見下ろしている
やがて
丸まったヒロシの背中に優しく手を置く
『…………!?』
それはまるで――
冷たいドアを開ける
優しいノックのようだった
『……………』
深い眠りから覚めるかのように
ゆっくりと顔を上げるヒロシ
『ヒロ兄ちゃん……何やってるの……?』
『………海ちゃん………』
『ちゃんと受け止めてよぉ………』
『え………?』
『………逃げないでよぉ……』
泣き声を押さえようと必死でいる海
その気持ちが――離れた場所から見ている誠にも伝わってきた
『……あれから……ヒロ兄ちゃんが出てってから……ずっと……待ってたんだよぉ……』
『……………ゴメン……』
『……………』
『……………』
互いにうつ向きながら
言葉が見つけられずにいるようだった
『……………』
『……………』
そして―――
『……ヒロ兄ちゃん………』
覚悟を決めたかのように海は顔を上げた
それとともに――右手を差し出す
その右手には何かモノが握られていた
『…………?』
『…………お姉ちゃんから……』
一つの封筒
『………ヒロ兄ちゃんに………』
『……………』
それを黙って見つめるヒロシ
『―――はい!!』
強い口調でヒロシの目の前につき出す
『…………栞から………俺に………?』
ヒロシは海の手から封筒をそっと受け取る
『……………』
封筒をまじまじと眺めるヒロシ
その姿を見届け――
『じゃあ………』
くるりと向きを変え足早にホールへ去っていく海
『……………』
葬儀の日――
最初で最後の二人のやりとり
そして
この日以降、二人が顔を合わせる事は無かった――
式が始まり――
1時間以上経過した頃――
『では、これより――お別れの儀を執り行いたいと思います』
場内に響く柔らかい口調のアナウンス
『ここで――生前、栞さんが好んで聴かれていた曲を流させていただきます』
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